12 Photos - Oct 12, 2014
Photo: 【昭和50年代前半】
安全祈願のためお仮屋から亀ヶ池八幡宮に向かう大人神輿・小人神輿。現在の農協下交差点より田中住宅(相模線ガード)間の上り坂付近の様子。
<T.K殿所蔵>Photo: 【昭和50年代前半】
安全祈願のため、亀ヶ池八幡宮に到着した大人神輿。鳳凰下の駒札は「田中・久保ヶ谷(戸)・元町」と記されている。当時はまだ袢纏の統一は成されておらず、のどかな時代でもあった。
<T.K殿所蔵>Photo: 【昭和50年代中頃】
夜間渡御に向け弓張提灯を取付ける作業の様子。当時は鳳凰を見せる意味合いで、弓張提灯1つ分程低い位置に取り付けられていた。
<T.K殿所蔵>Photo: 【昭和50年代前半】
野崎工業所殿前(現在のJA上溝支店前)を元町方面に渡御する大人神輿。この当時、担ぎ棒は白木のままである。
<T.K殿所蔵>Photo: 【昭和57年(1982)】
元町商店街を渡御する大人神輿。大改修がなされたこの年、上溝夏祭りはあいにくの雨模様であった。この大改修の前後より、現在の袢纏がお目見えした。
<T.K殿所蔵>Photo: 【昭和57年(1982)】
田中地区を氏子回りする小人神輿。当時は第2次ベビーブーム世代が小人神輿を渡御する頃で、現在よりも大きな神輿をたくさんの子供たちによって渡御された。
<T.K殿所蔵>Photo: 【昭和58年(1983)】
五部会の山車。現在とは提灯の取り付け方が異なっている。
<T.K殿所蔵>Photo: 【昭和58年(1983)】
旧小人神輿。昭和22年に当時の青年団「睦会」によって製作され、平成4年まで担がれた。平成5年の小人神輿新調を機に、神奈川県秦野市南ヶ丘に譲渡された。
<T.K殿所蔵>Photo: 【昭和58年(1983)】
氏子回りを終え、式典のために本町交差点の祭典本部に到着した大人神輿。バックに写る歩道のアーケードが懐かしい。
<T.K殿所蔵>Photo: 【昭和58年(1983)】
当時の祭典本部。やぐらは組まれず、テントだけという簡単な造りであった。
<T.K殿所蔵>Photo: 【昭和58年(1983)】
丸崎の山車。
<T.K殿所蔵>Photo: 【昭和58年(1983)】
虹吹の大人神輿。
<T.K殿所蔵>