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今日は少しショックなことがあった。
NHKラジオ番組「ごごラジ」のお便りテーマが「雑誌」だったので、意気揚々とSFマガジン創刊号のネタをツイートしようとしたんだけど、フォルダ内の膨大な数の画像に埋もれて、どうがんばっても撮影したはずの写真が出てこない。グーグルフォトの検索機能をもってしても、引っ張り出せない。かこにネタにした記憶のあるブログ記事から検索かけようとしても、クリーンヒットしない。それどころか、「SFマガジン創刊号」のキーワードで画像検索かけても、自分のブログがヒットしない。たぶん、画像だけ載せて文章内に単語を入れてなかったんだ。

これはよろしくない、と思ったので、いまこうしてテキストに残しておくことにしました。

#SFマガジン創刊号

どうだ。
これで、自分で見つけやすくなったんじゃないかな。
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2017/10/11
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織姫ベガまで25光年、彦星アルタイルまで16光年。
暗算と丼勘定でもって、織姫と彦星の距離を計算してみました(無茶)。

まず夏の大三角の見た目の大きさ。
最近曇ってて確認できず、記憶頼りですが、たぶんだいたい、腕を伸ばした先に広げた手のひらサイズ。なんとなくですが、オリオン座なんかと同じじゃなかったかなと。

そこで、自分の腕の長さを、親指と小指をシャクトリムシにして、測ってみました。だいたい一歩を15センチとして(めいっぱい伸ばすと20センチ)4歩分、60センチです。でもって手のひらのサイズも、長さ15センチ前後。
目、手首、指先で作る細長い三角形の相似形が、目、ベガ、アルタイルを結ぶ三角形になるはずです。
目と手首、目と指先を結ぶ長い2辺と、手首と指先を結ぶ短い一辺の長さの比は、4:1です。したがって、目とベガ、目とアルタイルを結ぶ長い2辺と、アルタイルとベガを結ぶ短い一辺の長さの比も、4:1になります。

仮にベガもアルタイルも16光年の位置にあるとしたら、ベガとアルタイルの距離はその1/4なので、4光年。
仮にベガもアルタイルも25光年の位置にあるとしたら、同じ計算で6光年と少々。

つまり、上床が4光年で下床が6光年で斜辺が同じ9光年ほどの台形の対角線の長さを求めれば良いことになりますね。
この台形は左右対称なので、斜辺が9光年、底辺が1光年の直角三角形について、三平方の定理で高さを求めれば、それが台形の高さになります。
その高さを高さとし、底辺を5光年とした直角三角形において、その斜辺を三平方の定理で求めれば、もとの台形の対角線の長さがわかります。

そもそも誤差てんこもりで大雑把に計算してるので、やり方さえわかればこの際精度はどーでもいい。

高さは9光年ぐらいってことにして、ルート106とかよくわかんないので、だいたい10光年と出ました。

仮にここで凄まじい計算ミスをしていたとしても、ベガとアルタイルのそれぞれの距離はわかってるんです。もしもベガとアルタイルが地球を挟んで真逆にあれば、距離は最大となり41光年。同じ向きの一直線上にあったら、9光年です。ざっくり10光年なら、まぁまぁいい線をいってるんじゃないでしょうか。

で、重要なのはここから。

天の川銀河って、一番薄いところで厚みが1000光年あります。
ってことは、織姫と彦星って天の川をはさんだ両岸どころか、ほとんど川のど真ん中あたりですぐ近くで顔を突き合わせてるようなものです。

川幅100メートルなら二人の距離は1メートルです。ナイル川なら500メートルだけど。

みんな、騙されるな!(違)

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神林長平「過負荷都市」を読みました。
これは、神林ジャンキーなら必読の怪作です。

まず序盤で、何と言っても驚かされるのは、過剰なほど緻密に描写され、リアルに描き出される新潟市の光景です。

なんて言うと、それのどこが特筆すべき点なのか、と鼻でせせら笑われるようなら、その印象はたいへん素晴らしい。まったくその通りで、比較的最近出版された「フォマルハウトの3つの燭台」「絞首台の黙示録」「誰の息子でもない」なんかでは、過剰なほど緻密に描写された現実の町並み、なんてのはむしろ神林作品としてはお馴染みの見どころです。特に長野県松本市あたり。

ですが、だいたい「過負荷都市」あたりから、この手法が使われ始めたんです。たぶん、最初の実験作なんじゃないかという印象を受けます。
その後「永久帰還装置」だとか「魂の駆動体」のようなもやもやした描写から、「親切がいっぱい」「天国にそっくりな星」で一転洗練された文字通り現実味という意味でのリアリティが増し、そして最近の三作に至っています。

本作以前はというと、どちらかというと異世界という印象を強く与える作風が中心でした。「完璧な涙」や「プリズム」が最たるものですが、デビュー作の「狐と踊れ」も現実とは明らかにズレた世界が舞台。ほぼどれを取っても、そういう異世界然とした異世界が展開します。
一方で、火星を舞台にした半現実的な世界観というものもあるのですが。言わずと知れた火星三部作「あなたの魂にやすらぎあれ」「膚の下」「帝王の殻」はもちろんのこと、「敵は海賊」シリーズも火星モノの代表作だと思います。半現実というくくりなら「戦闘妖精雪風」も、火星ではないものの、ここに含まれるかなと。

圧倒的なリアリティをもって描かれる現実の世界が舞台になったりするのですが、とはいえそこは神林作品なので、だいたい世界の仕組みが壊れているので、そこはご安心ください。

異世界ものの集大成は、おそらく「言壺」です。これを堺に、様々な意味で作風が変化していきました。特に死を扱うものが多くなったり。
「死して咲く花、実のある夢」がその作風のターニングポイントとして印象深いですが、このテーマでバカをやると「宇宙探査機迷惑一番」になります。

ちなみに、「戦闘妖精雪風」でバカをやると「今宵銀河を盃にして」になります。

この「今宵銀河を盃にして」ですが、「盃」は「ハイ」と読みます。ハイになるから、だそうです。洒落ですね。
「過負荷都市」も、カフカにひっかけてあるようなのです。タイトルでこういう洒落をやるからには、この作品もまたバカをやってる方向。だから、実に楽しく読めます。たぶん「七胴落とし」でバカをやると「過負荷都市」になるんだろうなと。

だいたいの内容は、殺人鬼になろうと思った高校生の主人公が、知り合いのオッサンやガールフレンドの女子高生と三人で、パワードスーツでもって都市をぶっ壊して回る、というような。「プリズム」に似た都市制御コンピュータが、いつものように現実をぶち壊すのに活躍しますよ。

それと、なんというか、内容が雑です。
すごくレベルの高い話において、という意味になりますが。だいたい、文句なしの名作というのがあるのですから(「戦闘妖精雪風」「敵は海賊」「言壺」火星三部作など)、そういうのを認める以上、比較してしまえば見劣りする作品があるのは当然の話で。「ラーゼフォン」「Uの世界」「小指の先の天使」「蒼いくちづけ」なんかが全作品並べてトップを飾るってことは、そうそうないと思うんですよね。非常にレベルの高い話で。

一方、たとえばジュブナイルとして知られる「七胴落とし」だとか、短編集「狐と踊れ」「言葉使い師」なんかは、どこかたどたどしいというか、吹っ切れた感じが弱く。言うなれば、物語としてちゃんと作ろう、というポイントを丁寧におさえようとしてる、そんな印象を受けるんです。テンプレートのために、内容を組み上げているような。
いま出版されている「言葉使い師」は、最後に新作の書き下ろしが収録されています。恥ずかしながらこの短編集、まだ読んだことがなかったので、私が初めて読んだのはこの最新版です。何も知らずに読み進めたもので、最後の作品になって突然クオリティがめっちゃ神林になり、何事かと驚いた、それぐらい初期作と今とでは作りが違います。今のは、完全にふっきれてる、作品のために、テンプレートのほうがぶち壊され、カスタマイズされてる。
神林長平さんは、いまもまだ進化を続けている、怪物みたいな作家さんです。

で、そういう意味での雑味ではなくて、意識的に手を抜いてるというか、まあこんなもんでいいかな、という手加減をしているというか、そういう雑味です。
この感覚はいったいなんだろう、と思うに、「ラーゼフォン」だとか「ライトジーンの遺産」だとか「ルナティカン」に通じる、ややこしくしすぎてもしゃーないよな、というコントロールされた意味ある雑味。気楽に読んで良いんだよ、という印象です。
語弊を覚悟して言ってしまえば、やっつけ仕事。短期間でちゃっちゃと書き上げた、そういう作品なのかなと思えるんです。
(プロの仕事としての手を抜いたのではなく、プロの仕事的判断として手抜きという調整をしたような)

と、言うのは。
この作品が公開される少し前の新潟県、そこで開催されたSFコンであるところのガタコンにおいて、最終日最終イベントとして、神林長平作品に実名で登場できる権利、というのがチャリティーオークションに出品されたんです。

このときの落札額、驚きの三千円ポッキリ。
どうやら同人即売会で誰も彼も軍資金が底をついている状態でのオークションだったため、その人は三千円という破格で、実名登場権を獲得したのだと聞き及んでいます。
ホンマかいな。

で、この出来事との直接的な因果関係は確認していないものの。神林ワールドとして、ひとりだけ異質な名前の人物が登場するんです。
神林作品に慣れ親しんでいる方なら、きっと激しい違和感をおぼえる、なんとも、普通の名前。
たぶんその人が、落札者なのではないかと、私は踏んでいるのですが……真相は、どうなんでしょうね(笑)。

この作品から神林に入るのは、ちょっと意味不明すぎてキツいかもしれません。
だけど、一冊でも二冊でもほかに大好きな神林作品がある人なら、雑味と深みに幾度となくニヤリとさせられるのが、本作品です。
そして、他作品を何冊も読破しているけれど、本作だけは作品評価の微妙さから二の足を踏んでいた、というようなコア寄りのファンの方なら、ぜひそんな薄っぺらい表面だけのネット評価なんか気にせず、手にとって見てください。神林作品に大きなターニングポイントを与えた、ちょうど境界線上に位置する、特別な歴史的作品です。
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神林長平

 絞首台の黙示録

 だれの息子でもない

 フォマルハウトの三つの燭台

この三冊を、この一ヶ月間ほどで読了しました。
神林長平作品としては、目立ったターニングポイントにあたる「死して咲く花、実のある夢」のころからテーマにしてきた、死の概念の表現が顕著です。「宇宙探査機 迷惑一番」も「天国にそっくりの惑星」も、関連するテーマを含んでいます。

死んだはずの人間が、様々な形で姿を現す物語。死後の魂、というか人の意識は、そのまま消滅せずに現世にあって、というか時間という概念が消し飛んで死を前後した時間軸空間上に拡散するというか、そんなような存在感があります。
死をテーマにした初期作品からの大きな飛躍は、初期は死後の世界に人の意識を持ち込んで、その世界を描こうとしていたところ、最近の作風では現実の、過剰なまでに生々しく描かれたリアリティあふれる現世に、死んだ人間の世界が割り込んでくること。
まさに、神林長平ワールドが現実世界を侵食してきているような、そんな迫力があります。

新潟県出身の神林長平さんですが、これら三作品では、長野県の松本付近がおそろしくリアルに描かれています。まるで写真を見ているような、映画だのテレビドラマだのといった受け身の映像メディアでは味わえない、自分から入り込んでいくような描写が冴え渡っています。

それだけに、現実がぐにゃりと歪む神林作品おなじみの展開も、すばらしくヤバいです。
時間が過ぎて印象がぼやけてきたら、またそのうち再読したい。

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