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ヤマアラシのジレンマと言われるものがあります。
離れては寂しく、近づきあっては互いに傷つけあう。
人間関係の微妙さを言ったものでしょう。

山の孤独よりも、都会の孤独がより深刻であると
言った人がありました。
山の孤独は、人が多くなれば癒されるのではないか、という
希望もまだあります。
しかし、都会の孤独は溢れるほどの人の中で感じる孤独です。
数百人、時に数千人が、同時にスクランブル交差点を
渡っても、互いにどこの誰かも知らず、ひたすら行き交ってゆくのです。

お釈迦様は、
「独生独死独去独来」と言われました。
生まれて来る時も独りならば、死んでゆく時も独り。
来る時も独りならば、去る時も独りです。

徹底した孤独の中を生きているのが私達だと説かれました。

多くの人は沢山の友達、同僚、家族、友人に囲まれて生きているでしょう。
それら、肉体上の連れはあっても、
魂の連れはないことを、お釈迦様は説かれました。

何でも話せる親友といっても、
話せる範囲で何でも話せるのであって、
人はみな、誰にも言えない秘密の蔵を持っている。

そんな私達が、心底から救われるのは、
その秘密の蔵を全部見てとってくださり、
そのまんま、認めてくださった時でしょう。

ここまでは言えるけれども、ここから先を行ったら、
みな離れていく。
自分の心の中を、今からテレビにうつして皆さんに
見て頂くとなったら、どうだろう。
背筋が寒くなります。

なぜ、人は孤独なのか。

それは、人がみな、各自の業界(行いの作り出した世界)に
生きているからだと言われます。


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インドネシア航空機の墜落事件は、大きな波紋を呼びました。
フライトレコーダーの音波のようなものを、
探知したというニュースは聞きましたが、それ以降、
消息は不明のまま、どこに墜落したのか、
何が原因で墜落したのか、依然わからないままです。

しかし、だからといって、墜落した原因が、「無い」、
ということではありません。
原因が「判らない」ということはありますが、
原因が「無い」ということは無いと、説かれたのがお釈迦様でした。

墜落という結果が起きたのは、
エンジンが故障したとか、乱気流に巻き込まれたとか、
必ず原因があってのことなのです。

私の運命にも、必ずその原因はある。
その運命は何によって決まったのか。明らかにされたのが、お釈迦様でした。

どの番組でも、どの週刊誌でも、必ず記事が組まれているもの。
それが、占いでしょう。

一体何によって、私の運命は決まるのか。
人間に何のために生きているのか、生まれてきたのか、
それは幸福という運命を得るためではないでしょうか。

そんな、私達の一番知りたいことがわからない。

その不安から、占いを信じたくなる気持ちはよくわかります。

そもそも、運とは何でしょうか。
運がよいとか、運が悪いとか、何によって決まるのでしょうか。

星座占いは、生まれた月日によって星座をあてはめ、運命を見ます。
しばらく前まで12星座だったのが、最近13星座になったという話を聞きました。
私は、天秤座だったのですが、どうやらへびつかい座になったようです。

きっとギリシャの夜空は満天の美しい星空だったのでありましょう。
そもそも、星座といってもギリシャの羊飼いが決めたものと言われ、
なぜあの形がペガサスになるのか。
なぜあの点々をつなぐと、オリオンになるのか。
想像力たくましいというか、微妙な疑問はいろいろ残りますが、
それでも北半球の星座は、かなり具体的に神話に即していると思われるものが
多いです。
南半球はというと、三角座とか、六分儀座とか、コップ座、コンパス座など、
かなり頑張ってつけたのかな、と思うようなのもあります。
ただ、そもそも、生まれた月日によって、全人類を12通りに分類して、
運命を見るという、構造自体無理があるようにも思います。

これはほんの一例ですが、実は、
占いは迷信であり、運命は自業自得の因果の道理によって
決まるのだと、ハッキリ教えられがのがお釈迦様でした。

私達の運命ほど不可解なものもありません。

仕事が長引いたので、乗る予定だった飛行機をキャンセルしたところ、
その飛行機が墜落してしまったり。

家族5人で橋の上を走行中、後ろから酒に酔った運転手の運転する車に
追突されて、車は川に転落。
3人の子供は助からなかった。

なぜ、私だけが、こんな目に、と思う事例に事欠きません。

何によって私の運命が決まるのか。
華厳の滝に身を投げた藤村操は、「曰く人生不可解」と言い残しました。

その、すべての人の最も知りたい運命を、
私達の行いによって決まるのだと、
「自業自得」をハッキリ教えられたのが、お釈迦様でありました。



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あれだけお金があるのに、どうして。
そんなニュースは、跡を絶ちません。

ゾウはゾウのフンをし、ノミはノミのフンをする、と言われます。

ノミのフンはあんなに小さいのに、
どうして、ゾウはあんなに大きいフンをするのだろうと
言っても無駄です。

この場合、体の大きさは持っている財の多少、フンは財欲を表します。

満たされなければ渇き、満たせば
倍の度をまして渇くのが、欲の実態と言われます。

財欲が大したことがないと思うのは、
持ったことがないからなのでしょう。

石川五右衛門が生涯に一度だけ怖かったのは、
ある主人の家に強盗に入った時。
「命はやるが、金はやらん」と啖呵を切られた。

「この世で一番苦しいのは、借金の苦しみだ」と言った人が、
今日、日本の高額紙幣に印刷されているようです。

我々は、金のために命を落とすと、
財欲の恐ろしさを説かれたのがお釈迦様でした。


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正直者はバカを見るという人があります。

正直が善いことで、バカを見るのが悪い結果とすれば、
よいことをやっても、悪い結果が返ってくることも
あるよ、ということになります。

一切、そんなことはないと、説かれたのがお釈迦様でした。

植物でも、まいたタネが生えるまでには、種類によって時間差があります。

例えばイネならば春にまいたモミダネが秋には米となって収穫できます。
麦であれば、1年越し。
桃栗3年、柿8年。
梨の馬鹿野郎は、13年とも言われます。

植物でも、大変にひらきがあるのです。

お釈迦様は、私達の行った行為が、
タネとなって、そのタネが運命の実を生み出すまでには、
時間差があるのだよと教えられました。

すぐに芽を出す「順現業」よりも、ずっと多いのが、
しばらくたってから結果をあらわす「順次業」。
もっと多いのは、ずっと後にならないと結果を現さない「順後業」。

芽が出るまでに時間の差はあれ、まいたタネは必ず生える。

だから、正直者がバカを見ることは絶対にない、
よいタネをまきなさいと勧められたのが、お釈迦様でした。


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お釈迦様が、私達の欲に5つあると教えられた五欲の中で、
一番強いのではないかとも思えるのが、名誉欲です。

褒められたい、認められたい、悪口言われたくないという
欲望です。

物理学で有名はニュートンは、
微分積分学の発見を巡って、ライプニッツと熾烈な争いを
繰り広げたといいます。

歴史的に、それぞれが独立して、ほぼ同時に発見をしたそうなのですが、
ニュートンは、たくさんの論文を書き、徹底して、
ライプニッツを攻撃したというから驚きです。
しかもそれは、たくさんの人の名前を使って書いたそうです。

歴史に名を残したい。
後世に名が残る人物でありたい。

「神の手」と言われた遺跡調査団長が、
新聞社の設置したカメラの前でこっそり遺跡を埋めてしまい、発覚。
大変に叩かれる。

80代の方が、生命の危機をおかしてまで、エベレストに登頂する。
命を落とすような厳しい訓練に耐えて、オリンピックに出場する。
これらのことが、無人島で行われるでしょうか。

名誉欲のためには、人は命をも落とす覚悟です。

永遠に褒められたい。
人類が残る限り。

ノーベル賞を取りたい。
文化勲章を取りたい。

死んで名を残したい。「死の美学」。

どうやって潜入したのか、市ヶ谷駐屯地に自衛隊を集め、
軍服で演説の後、切腹した作家がありました。
すぐにマスコミや報道陣が集まり、大ニュースになりました。

日本といえば、フジヤマ、ゲイシャ、ハラキリ、と
言われたのは過去の時代かもしれませんが、
世界でも、珍しいと思われる切腹。
無人島でそうする人があるでしょうか。

名誉欲に振り回され、迷惑しているのが私達であると
説かれたのがお釈迦様でした。



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あと1週間の命、となったら何をするのか?
それこそ、私達が生涯かけてでもなすべきことだと、
パスカルは言っています。
しかし恐ろしいのは、自分に、必ず命の終わりがやがてやってくると、思えない
私です。
明日も、また明後日も、当たり前のようにやってくると思っている。

”今晩、死ぬ覚悟で何事も行うようにしよう”



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すべての人の最も知りたい運命を、
私達の行いによって決まるのだと、
「自業自得」をハッキリ教えられたのが、お釈迦様でありました。

「業」行いです。
よい行いはよい結果、悪い行いは悪い結果を引き起こす。

善因善果
悪因悪果
自因自果

これこそ、お釈迦様の2600年前に明らかにされた、
大変シンプルな私達の運命の「原因と結果の法則」でした。

リハビリが辛いからといって、他人にまかせていては、
意味がありません。

毎日辛いトレーニングに耐えてこそ、体力がつくのです。

現代の日本人が食物から摂取する化学薬品は、
1年で2リットルとも言われるそうです。
これらの成分は体内から排出されないので、
これだけのものが何も引き起こさないとは思えません。
食物が人体に与える影響は、5年10年たってからでないと
現れないと言われますが、確実に影響は出てくるでしょう。

子供に殺される親もあります。
身から出たサビという言葉もありますが、
その子を育てたのは、ほかならぬその親です。

人は、よい結果が返ってきたら、自分が頑張ったからと
反り身になりますが、
借りてより記憶がよい、と言われるように、
悪いたねまきは忘れてしまうので、その結果が帰ってきても、
我が身の行いが生み出したものとは思えないのです。

私達の自惚れ強さを知らされます。

善いのも悪いのも、自分の運命のすべては、私の行いが生み出したものであり、
これには万に1つも例外はないのだよと、教えられたのがお釈迦様でありました。



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知り合いで、言語学を専攻して、今は大学の教職として
務めておられる人がありまして、お話を伺う機会がありました。

日本は四季折々、色彩豊かに風景が変化する国で、
一口に緑といっても、いろいろな緑があります。
若草色、黄緑色、萌黄色、エメラルドグリーン、青緑色、などなど。
青、赤、なども同様です。

ところが、エスキモーの言葉では、緑を表す言葉は、1つしかないそうです。
というより、青との境界も曖昧だとか。

逆にエスキモーの皆さんの言葉で、多くの選択肢があるのは、
白を表す言葉だそうです。
雪の白、しろくまの白、氷の白、雲の白、などなど。
雪と氷の世界に住んでいると、一口に白といっても、
多様な白を、区別するそうです。

私たちは、どう世界を認識したかを、言葉で表現しますが、
使う言葉によって、世界の規定の仕方が変わるようです。

もしかしたら、私達と、エスキモーの人たちと、
見ている世界は違うのかもしれません。

ジャガイモ、りんご、さつまいもを、日本人は、
どこで線引するでしょうか。
さつまいもとジャガイモは、ともに「イモ」として共通です。

ところがフランスでは、ジャガイモは、「土のリンゴ」と言うそうですから、
驚きです。

蝶と蛾は、どこが違うのか。
羽を閉じて止まるのが蝶、羽を開いて止まるのが蛾です。

どちらかといえば、ちょうちょはかわいい、
蛾はグロテスクで害虫というイメージを多くの日本人は
持つのかもしれませんが、フランス語では、
どちらも、「パピヨン」で、区別がないようです。

同じ「赤」といっても、ポストの赤を思い浮かべる人もあれば、
トマトの赤を思う人もある。
ワインレッドという人もあれば、
濃いピンクと思う人もあるでしょう。

同じ言葉を聞いてさえ、思い浮かべるものは、千差万別です。

ましてや、2人の人が共通して見ているものも、
同じものを見ていると言い切れるでしょうか。

目の前の風景が、ある人には通い慣れた道であり、
別の人にとっては初めてやってきた見慣れない街角です。

それまでの経験が各人各様だからです。

お釈迦様は、自業自得と説かれて、
自分の運命は、自分の行いが作り出すと説かれました。

私達の行い(業)はすべて、結果(運命)を生み出す力(業力)を、
持っており、その目に見えない力は、私達の奥底の
心に収まります。
そして、その各自の造った業の生み出す世界で生きているのが私達だと
説かれているのです。

私達は、自らの業が作り出した世界に住まいしており、
他人の世界を垣間見るさえできないと、お釈迦様は説かれました。

広く深い人間の孤独。

その解決を教えられのが、お釈迦様でありました。

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昭和20年の日本人男性の平均寿命は、23.9歳だったそうです。
今日の平均寿命からすれば驚きの数字です。

もちろん、平均寿命ですから、15歳で死ぬ人も、
50歳以上まで長生きする人もあるわけです。

阪神大震災と、サリン事件で騒がれていた平成7年の11月。
ある朝、朝食を終えた父が、食器を片付けようとしたところ、
突然、立ち上がることができなくなってしまいました。

右足に血液を送る血管が詰まってしまったのです。
家族でいちばん健康で、大病を患うことはなかろうと言っていたのに、
まさか、突然右足の自由が利かなくなるとは。

父の入院先の病院を出て見えた夕暮れは、不安の色に染まっていた、
その光景は、今も脳裏に焼き付いています。

いくら恵まれているとはいっても、いつまでも、それらは続かないのだ。

やがて父の病気は回復しましたが、私は受験を来年に控え、落ち着かない日々を
送っていました。

冬のある日、父の旧友が家に来ており、夕食をともにしていた時、酒に酔ったそ
の友人が、将来何をやりたいのかと、と尋ねてきたことがありました。

「とりあえず大学に行って、4年間で考えることにしている」と答えた私に、
その人は、酔っ払った真っ赤な顔で、
「おまえ、そんなこと言って両親を心配させちゃいけない。
早くやりたいことを決めて、それから大学行くんだ」
と、語勢荒く言ったのです。

私は、かねてからの疑問が、心の中で、いよいよ膨れ上がるのを感じました。

一度きりの人生、生きて何をやったら、本当に後悔しない人生になるのか?

生きていく時に、一番大切なことは何か?

こんな重大な問いを、とりあえず決めてしまえと言うが、そんな簡単に答えが出
るものか?

「生きている時に、これ一つ果たさねばならないことがある。」

すべての人は、尊い使命を持って生まれたきたのだよと、
教えられたのがお釈迦様だと、幸いにして知ることができたのは、そのしばらく
後でした。

学生時代は、一生の中でもかなり恵まれた時代。
そして、どれだけでも、その後の人生を自由に舵取りできる時代といえましょう。

そんな人が、もし、冒頭に挙げた事実を知ったらどうか。
仮に、今私が20歳であったとして、23.9歳で死ぬとしたら。

今、これからやろうとしていることを、私は今日やるだろうか。

今日、これから会おうとしている人に、私は今日会うだろうか。

真摯な回答が迫られます。

毎朝、鏡を見ては、
「今日が人生最後の日だとしたら、今から自分がやろうとしていることを、やる
だろうか」と、自己に問うていた人がありました。

後に講演の中で、「その答えがNOであるたびに、私は何かを変える必要があると
感じた」と、述べています。

世界中でベストセラーになったビジネス書の、ある1つの章の冒頭に、

「あなたの葬式の風景を思い浮かべてください。」

という下りがあり、どきっとしました。

誰も自分の臨終など思い浮かべたい人はないでしょうが、
ビジネスの世界でも、事を成そうと思えば、かくまでに厳しい。

いずれ必ず我が身に起きる、確実な未来を見つめることは、
いたずらに暗く沈むことではなく、
生きている、一瞬一瞬を本当に明るくする第一歩である、と
教えられたのがお釈迦様でありました。

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