【晩秋偶成】
霜後空山裏
紅楓散小春
夜寒風雨急
灯影送秋辰

【晩秋に偶々成る】
霜後、空山の裏
紅楓、小春に散ず
夜寒、風雨急なり
灯影、秋を送るの辰
(十一真)

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(書き下し文)李白の長編の韻文(いんぶん: 韻を踏んだ散文、漢詩の一種)の大鵬賦(たいほうふ)の翻訳の二回目です。こちらは書き下し文の部分です。後にアップする現代語訳の個所を先に読んで頂けるとより分かりやすいと思います。

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(語注)李白の長編の韻文(いんぶん: 韻を踏んだ散文、漢詩の一種)の大鵬賦(たいほうふ)の翻訳の二回目です。こちらは語注の部分です。語注は私自身が調べてまとめたものです。この次に現代語訳のページのリンクをアップします。そちらを先に見ていただいた方がよりわかりやすいと思います。

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(現代語訳と解説)李白の長編の韻文(いんぶん: 韻を踏んだ散文、漢詩の一種)の大鵬賦(たいほうふ)の翻訳の二回目です。こちらは現代語訳と解説の部分です。こちらを最初に見ていただいた方がよりわかりやすいと思います。以下、解説の引用です。

●解説

李白の長編の韻文(いんぶん: 韻を踏んだ散文、漢詩の一種)の大鵬賦(たいほうふ)の翻訳の二回目です。本文に入っている個所です。

とても大きな体を持つ鯤(こん)という大魚が大きな鳥の大鵬(たいほう)に変化して、その身体は東西南北の果てまでのとても大きな身体の鳥になって、少し羽を羽ばたかせただけで世界が大きく動かされる、そんなスケールの大きなイメージが引き起こされる個所です。

荘子などの昔の人も、こんな大きなものを想像して、それによって心安らかな気持ちを得ていたのかな、などということが想像されます。

今日も寒い一日ですが、何とか元気に過ごしております。これからもしっかりと訳していきます。

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(原文)李白の長編の韻文(いんぶん: 韻を踏んだ散文、漢詩の一種)の
大鵬賦(たいほうふ)の翻訳の二回目です。こちらは原文の部分です。後にアップする現代語訳の個所を先に読んで頂けるとより分かりやすいと思います。

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(現代語訳と解説)李白の長編の韻文(いんぶん: 韻を踏んだ散文、漢詩の一種)の大鵬賦(たいほうふ)の翻訳の一回目です。こちらは現代語訳と解説の部分です。こちらのリンク先の現代語訳の部分を先に読んで頂けると、より分かりやすいと思います。

以下、解説の引用です。

李白の長編の韻文(いんぶん: 韻を踏んだ散文、漢詩の一種)の大鵬賦(たいほうふ)の翻訳の一回目です。

この韻文は、『荘子』の内篇の逍遥游(しょうようゆう)という篇の一節をもとにしていて、序文にも省略した形で引用されています。 

計り知れない大きさを持つ大魚と大きな鳥の話で、極めつくすことのできない道というものを示したり、

こういう大きな存在と人間である自分を対比して、自分を含めて人間の普段の悩みなどもとてもちっぽけなものだなあとしみじみ思う、そんな一節に思います。 

一方で、こんな大きな鳥ものびやかな気持ちで満足しているばかりとも考えられず、つむじ風を待ってしか空に飛びあがれない自分に思い悩んでいるかもしれない、そんなところにも思いを致し、 

どんな人にも長所や安らげる部分や、あるいは短所や改善すべき部分があると考え、日々安らかな気落ちで過ごしていく、という風に、 

荘子の「万物斉同(ばんぶつせいどう)」、あらゆる物は等しく同じという概念を考えていく基礎にもなる部分です。 

この李白の韻文を訳していく中で、私自身も読んでいただいている方々も、
大きくのびやかな気持ちになればいいなと願っています。 

これからもしっかりと訳していきます。

(ここまでが解説の引用です)

今日も元気に頑張っていきます。引き続きよろしくお願いいたします。

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(原文)李白の長編の韻文(いんぶん: 韻を踏んだ散文、漢詩の一種)の
大鵬賦(たいほうふ)の翻訳の一回目です。こちらは原文の部分です。

後にアップする現代語訳の個所を先に読んで頂けると
より分かりやすいと思います。

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(語注)李白の長編の韻文(いんぶん: 韻を踏んだ散文、
漢詩の一種)の大鵬賦(たいほうふ)の翻訳の一回目です。
こちらは語注の部分です。語注は私自身が調べてまとめたものです。

この次に現代語訳のページのリンクをアップします。
そちらを先に見ていただいた方がよりわかりやすいと思います。

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(書き下し文)李白の長編の韻文(いんぶん: 韻を踏んだ散文、
漢詩の一種)の大鵬賦(たいほうふ)の翻訳の一回目です。
こちらは書き下し文の部分です。

後にアップする現代語訳の個所を先に読んで頂けると
より分かりやすいと思います。

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十月十一日のブログ記事です。

●原文:
祝東京五輪 玄齋 佐村 昌哉(上平聲十三元韻)
 
此 集 千 載 念  茲 會 勇 士 魂
 
英 雄 競 技 地  祖 國 人 情 温
 
或 如 飛 鳥 疾  走 者 街 巷 奔
 
或 如 五 輪 繋  笑 語 聽 聲 援
 
日 日 報 快 挙  欣 然 多 相 論
 
賞 讃 精 鋭 技  將 來 傳 子 孫
 
一 年 如 一 夢  萬 國 旗 相 翻
 
二 度 迎 祭 典  首 都 賭 乾 坤
 
一 國 生 活 力  享 受 元 気 源
 
歡 談 茲 一 日  相 酌 酒 一 樽
 
感 激 尋 往 事  感 謝 機 会 存
 
詩 人 偏 吟 詠  人 生 在 黄 昏
 
涕 涙 祝 吉 事  僅 欲 報 大 恩
 
此 年 懷 盛 況  將 見 勝 萬 言
 
 
●書き下し文:
  
題:「東京五輪を祝う」
 
此に集(つど)う千載(せんざい)の念
茲(ここ)に会す勇士(ゆうし)の魂
 
英雄 競技の地
祖国の人情(にんじょう)温(あたた)かなり
 
或いは飛鳥(ひちょう)の疾(はや)きが如くに
走者(そうしゃ) 街巷(がいこう)奔(はし)る
 
或(ある)いは五輪(ごりん)の繋(つな)がるが如くに
笑語(しょうご) 声援を聴く
 
日々 快挙(かいきょ)を報じ
欣然(きんぜん)として相(あい)論(ろん)ずること多し
 
精鋭の技を賞讃して
将来の子孫に伝えん
 
一年は一夢の如くに
万国(ばんこく)の旗 相翻る
 
二度の祭典を迎えて
首都の乾坤(けんこん)を賭ける
 
一国 活力を生じ
元気の源を享受(きょうじゅ)す
 
歓談(かんだん)す茲(こ)の一日(いちにち)
相(あい)酌(く)む酒(さけ)一樽(いっそん)
 
感激(かんげき)して往事(おうじ)を尋ね
機会の存するを感謝す
 
詩人 偏(ひとえ)に吟詠(ぎんえい)し
人生の黄昏(こうこん)に在(あ)り
 
涕涙(ているい)して吉事(きちじ)を祝い
僅(わずか)に大恩(たいおん)に報いんと欲す
 
此(こ)の年の盛況(せいきょう)を懐い
将(まさ)に万言(まんげん)に勝(まさ)るを見んとす
 
 
●現代語訳:
  
題:「東京五輪を祝う気持ちを漢詩に詠みました」
 
この場所に千年の思いを集めて、この場所に勇士の魂を会わせます。
英雄が技を競う地である、この国の人情は温かいです。
 
ある時は五輪の輪がつながるように、笑い話や声援を聴きます。
 
日々に快挙を報じて、喜びながらお互いに論ずることが多くなりました。
選手の精鋭の技を賞讃して、将来の子孫に伝えたいのです。
 
一年は一夜の夢のように多くの国々の旗が翻っています。
東京は二度の祭典を迎えて、首都の命運を賭けています。
 
この国の活力を生んで、人々は元気の源を受け取っています。
この一日のことを歓談し合って、
一樽の酒をお互いに酌み交わしています。
 
感激して今までのことを尋ねて、
このような機会があることを感謝します。
 
詩人はひたすらに詩を吟じて、人生のたそがれ時にいます。
涙を流してこの吉事を祝い、
わずかに今まで受けた大恩に報いようと思います。
 
此の年の盛況な風景を思いうかべて、
多くの言葉にまさる出来事を見ようとしています。
 
 
●語注:
  
※千載(せんざい): 千年のことです。
※飛鳥(ひちょう): 飛ぶ鳥のことです。
※賭乾坤(けんこんをかける): 一か八かの大勝負をすることです。
※享受(きょうじゅ): 受け取ることです。
※往事(おうじ): 今までの出来事を指します。
※黄昏(こうこん): 夕暮れ、人生のたそがれ時を指します。
 
 
●解説:
  
東京五輪開催を祝う気持ちを漢詩に詠みました。
 
これは五言古詩の一韻到底格(いちいんとうていかく)
という漢詩の形式で、偶数句の末尾で韻を踏んで
長い句をつなげていくものです。
 
先月の検査入院から退院してから東京五輪の発表があり、
私もうれしい気持ちになりました。
 
この東京五輪がいろんなことが好転する
一つの機会になることを願っています。
 
私もこの東京五輪を応援する一人として、
マイペースでしっかりと頑張っていこうと思います。
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