☀エルサの愛☀
(12―15)
「私も嫌!掃除婦だなんて、恥ずかしくて生きていけない!」
「見て!服汚れている。恥ずかしい!身嗜みも気にならないなんて、超恥ずかしい!」
「言えてる!勉強頑張らないと、ああなるんだよ」
「人間辛抱。勉強頑張らないと、掃除婦だよ」
乙女たちは大笑い。乙女たちの声もエルサにはっきり聞こえた。全く悪意はないのだが、ある種の無知は争いの火種を生む、エルサは頭に血が昇るのを我慢した。それくらいで心を乱していたら恥ずかしい。彼女は自分に言い聞かせた。
「我慢我慢。人間辛抱よ。これくらいで心乱していたら恥ずかしいこと。心美しく、人間辛抱。早くランを助けなければ」
エルサは掃除を続けた。乙女たちはなお、
「夢がないと生きていけない。自分の素晴らしさを表現しないと生きていけない。掃除婦だけは絶対嫌!」
「私も掃除婦だけは絶対嫌!自分の素晴らしさを求めて輝きたいわ」

☀エルサの愛☀
(12―14)
「余程に頭が悪いらしい。やっぱり馬鹿に効く薬はないか」
「いや、あるよ。ずっと続いたら、それが馬鹿に効く薬だよ」
若者たちは大笑い。エルサは頭に血が昇って限界に達しようとしていた。突然小雨が降った。若者たちは逃げるように去った。悪意や憎しみがあった訳ではない。社会の規律や運命の重みに順応出来ない心は、蜘蛛の巣みたいに弱者にしがみつく。頭上から落ちる鳥の糞みたいなものだ。エルサはさっぱりした思いで掃除を続けた。しばらくして十代半ばの乙女たちが通りかかった。彼女たちのにこやかで明るい、嘴の黄色い小鳥たちのような囀ずる声、
「見て見て!超ダサイ!恥ずかしい!掃除婦だなんて、恥ずかしくて生きていけないわ」

☀エルサの愛☀
(12―13)
エルサは掃除を続けた。しばらくして男子高校生数人現れた。彼らはエルサを嘲った。
「おい見ろ。掃除している馬鹿がいる。余程に頭悪いんだろうよ」
「違いねえ。余程に頭が悪いんだ」
彼らは大笑いした。
「掃除はよ、馬鹿にならないと出来ない。馬鹿になっても出来ないよ」
「馬鹿にでも出来る仕事がある。それは掃除である」
「違うな。馬鹿になっても出来ない仕事がある。それは掃除である」
「違いない。その通り!」
「あれが馬鹿に効く薬だよ」
彼らはまた大笑いした。彼らの言葉はエルサにはっきり聞こえた。エルサは腹立たしい不愉快さを我慢した。頭に血が昇る最悪のパターンを想像した。掃除が目的ではない。心を美しくするのが目的。間違えてはいけない。彼女は自分に強くそう言い聞かせた。彼女は掃除を続けた。そんな彼女を若者たちはさらに囃し立てた。

☀エルサの愛☀
(12―12)
エルサは渋い顔。
「ゴミ持って帰らなければならないの?」
「はい。ゴミは持ち帰って下さい」
「何とかならないの?」
「なりません。心を美しくしたいあなたの好意は阻止しません。心を美しくしたいのなら、最後まで責任持って下さい。ゴミは持って帰って下さい。ゴミを残したら、不法投棄ですから。僕はこれで帰ります。くれぐれも不法投棄しないで下さい」
市職員は去った。エルサは自問せずにはいられなかった。
「どうする?このまま止めて帰る?ゴミを持って帰る?」
どうしてもランを助けたかった。掃除をしているのではない。心を美しくしているのだ。一刻も早くランを助けようとしているのだ。ランを助けずにはいられない!

☀エルサの愛☀
(12―11)
「市長様、ありがとうございます!」とエルサ。
市長はにこやかに、
「どうぞ。思い切り頑張って下さい」
エルサは気を取り直して掃除を始めた。渋々承諾した市職員。市長が去ると彼はエルサに言った。
「心を美しくしたい。素晴らしいことだ。責任は最後までやり遂げること。それが心の美しさだ。ゴミは自分で片付けて下さい」
エルサは怪訝気に、
「はぁ?ゴミ、自分で片付けるの?」
「そうだ。責任は最後まで」
「ゴミはどこに?」
「今ここに保管場所はない。ゴミは持って帰るんだね」
「はぁ?持って帰る?嘘!」
心の中では激しい拒絶反応。エルサはそれを困惑に替えた。
実はもうすぐ、市は美化清掃工事を発注することになっていた。市はその入札妨害防止として、ゴミ保管場所を閉鎖していた。エルサの行為はそれと重なろうとしていた。市民からの通報はその為。それを知らないエルサは、心は前向きなのに、ゴミを持って帰らなければならないのなら、消極的になりかけた。

☀エルサの愛☀
(12―9)
エルサは投げ出そうとする、本音が出る思いだった。しかし、何が何でもランを助けなければならない。その思いで、彼女は自分を励ました。
「ラン、すぐに助けるからね。必ず助けるからね」
思うようにならなくても、腹を立てずに頑張るしかなかった。しばらくしてマスク姿で、一人の男がエルサに近寄った。彼はこの公園の美化担当市職員。彼はエルサに、
「ここで何をしているんですか?」
エルサは市職員に目を向けた。
「はぁ?何をしているって、ご覧の通りです」
市職員はやや言葉を荒げた。
「ここで何をしているって聞いているんだ」
「ご覧の通り。掃除しています」
「誰に頼まれた?」
「私個人の意志です」
「通報があってね。怪しい人物が公園にいるってね」
「はぁ?怪しい人物?」
「すぐに止めてほしい」
エルサは納得出来ない顔で、
「はぁ?」
そこを市長が通りかかった。
「どうしたんだね?」と市長。
市職員は一礼して、
「これは市長殿。お勤めご苦労様です。実は通報がありまして。この公園に怪しい人物がいると」

☀エルサの愛☀
(12―10)
市長はエルサに目を向けた。
「怪しい人物?まさか!」
エルサはマスクをしたままだった。彼女は自分がしていることに誇りを持っていた。
「怪しい人物?とんでもありません!市長様、私は善意でやっています。私自身の心を美しくしたい。それだけのことです。市長様、私の善意を信用するか、市民の通報を信用するか。私の心を見るか、私の顔を見るか。市長様の自由です」
市長はにこやかに、
「勿論、私はあなたの心を見ますよ。善意で掃除して下さる。有り難いことです。悲しいことに市は財政難でね。本当に有り難い!あなたのような善意が集まって下さるなら、実に有り難い!」
それから市長は市職員に、
「我々の任務は市民の心の美しさを守ることが、最も大切なことだ」

☀エルサの愛☀
(12―8)
「公園は未来を誓い合った、私たちの愛の聖地。愛の花咲かさなければ」
エルサは公園に向かった。彼女が向かう大通りの向かうは、大きな公園。朝日山登山客で賑わうその公園は、とても人気。公園に向かったエルサは、掃除道具を探した。どこにもなかった。彼女はそれを買いに向かった。箒とゴミ袋を買って戻った。ゴミが散乱していた。公園は広い。一人ではとても。彼女は自分に言い聞かせた。
「掃除が目的ではないのよ。心を美しくするのが目的なのよ。一刻も早くランを助けなければ」
だからエルサは愛の泉の周りから掃除を始めた。風が強く掃除どころではなかった。掃いても掃いてもゴミは散るばかり。腹が立つばかりだった。
「もう!腹立つ!もう嫌!」
投げ出したい思いとランを助けたい思い。どちらを見ても、愛という大きな課題を背負う思いだった。
「心を美しくするって大変!」

☀エルサの愛☀
(12―7)
エルサは藁にもすがる思いで、
「済みません。心を美しくしたいんです。どうすればいいでしょう?占って下さい」
「はぁ?」
自分の商売とは筋違いの注文でお金が取れない客、腹立たしいが商売上断れない客に対するような表情が、占い師に見られた。占い師は腹立たしさを胸にしまったまま、面白半分にこう言った。エルサはマスク姿のまま。
「お嬢様や、心を美しくしたければね、そこの公園全部、一人でお掃除しなさい。誰の手も借りず、何の報酬も求めず、実費は全て自分持ち。風が吹いても雨が降っても、雪が降っても休まず頑張りなさい。どこまで美しくなれるかはお嬢様次第だがね」
占い師は内心にやり。腹立たしさを解消出来たから。エルサは占い師の面白半分を真に受けた。だが、内心拒絶反応が起こった。
「出来るか!」
しかしすぐにランの姿が浮かんだ。妖怪姿のラン、お化け姿のラン、苦しみもがいているラン。一刻も早く助けなければ。その思いでエルサの胸は痛んだままだった。ランの苦しみは自分の苦しみだった。心から大切な愛。そう思う程に、苦しみは耐え難い痛みになっていた。じっとしているだけで耐え難かった。彼女は自分に言い聞かせた。

☀エルサの愛☀
(12―6)
命の尊さが全ての理想の前で、輝いているように思えた。エルサにとって願いの全て、それはランを助けること。いかなる理想もランを助けたい思いには勝てなかった。苦しみが募る程に、彼女の思いに関係なく、愛は純化された。彼女は最後に行き着く場がそこであるかのような、神頼みを閃いた。
「そうだ。占い師に占ってもらおう」
エルサはそこに行った。そこは中心街から少し離れた場所。エルサが買いものでよく通る道。その道角。土日の昼頃、決まって現れる初老の女性占い師。エルサは占い師に歩み寄った。苦しさから解放されたい思いは、藁にもすがる思いだった。自分の苦しさからの解放より、ランを助けたい思いの方がはるかに大きかった。
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