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#小説:掌編「抽出」

花粉、埃、排気ガス。
我々が否応なしに吸っては吐く、
それらに異質なものが混ざっていたら……?
てな話を部活の終わりに
小熊くんと交わしながら家路に就いた。
宇宙からの侵略者は
仰々しい円盤で降下してくるより、
微小な物質として訪れる方が現実味がある、
というのが一致した意見だった。
ジョン・ウィンダム「呪われた村」式、
女性を妊娠させて新生児として世に出て行動を
起こすパターン、
ブラッドベリ「ぼくの地下室へおいで」式、
キノコを人間が食べて肉体を乗っ取られるパターン。
他には?

「初期形態はわかんないけど、
 地上に着いて出会った人に擬態する」
「本体はどうするよ。
 抹殺して入れ替わるってこと?」

などと語らっていると、
路地口に放り出された鞄が目に入った。
けったいな編みぐるみマスコットは彼女のお手製だと
自慢している矢木くんではないか?
果たせるかな、
犇めき合う小さな飲食店のポリバケツの狭間で
スプラッタ劇場が展開されていた。
もう上半身が食いちぎられ、消化されている模様。
振り返った捕食者の顔は
まさに眼鏡を掛けた矢木くんそのもの。
本人が突如カニバリズムに目覚めて
誰かを喰らっていた可能性も否めないが……。

翌日、矢木くんは何食わぬ顔で登校したが、
すぐにボロを出した。
体育の前、更衣室で着替えられずに
モジモジしている。
細部データを抽出・インストールしそこなって、
ボタンもファスナーもない制服に
身を包んでしまったのだ。
もっとも、レムの「ソラリス」は
侵略SFではないけれども。
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#小説:掌編『皇帝』

猫雷(ネコライ)は路傍で保護された白猫である。
譲渡会で一目惚れした日は遠雷が轟いていたので
名前に「雷」の字を与えた。
我々の会話に耳を傾けては度々「浅慮」と
呟くように聞こえるので、
人語を解する化け猫かと、
半ば冗談でタブレットを差し出すと、
タッチキーボードに“ぷにぷに”と
肉球を押し当てて来歴を綴った。
ところどころ誤字・脱字・衍字、
はたまた無意味なスペースが存在するのはご愛敬。
要約すると、彼は遠い昔、北の都で生まれたが、
故あって来日し、
暗殺されかかって一命を取り止めた後、
不老長生を悟り、
頃合いを見計らっては住処を離れ、澄まし顔で
生活のリセットを繰り返してきたそうな。

 「お父上の名はアレクニャンドル?」
  > 浅慮。
 
 「失敬。ご家族は?」
 > 一般には皆殺しにされたと思われていようが、
 > 実は銘々、息災である。

猫雷は、とあるページを開いて、
モニタに表示された画像を“ぷにぷに”した。
ネコ……もとい、
ニコラシカと呼ばれる面妖なカクテルだ。

「私は下戸ですが、来客用に酒を常備しているので、
 お作りしましょう」

人間の姿で、並外れて長命で、
外見もある年頃から変化しないのは相当に不便である。
飲めない私は今夜も生餌いきえを探さねばならない。
ブランデーを満たしたグラスに載せたレモンの輪切り、
その上に置いた砂糖の塊をペロペロ舐めて
ご満悦の猫雷を横目に見ながら、身支度を整えた。
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#小説:掌編『入山(にゅうざん)』

紅葉の季節、手軽なハイキングコースに集い、
深呼吸したり写真を撮ったりする観光客。
ふと、人気(ひとけ)のない方へ視線を向けると、
見上げれば目も眩むような長い階段が、
鬱蒼とした樹木の濃い影に染まっていた。
より険しい登山道らしい。
登り口に献金箱。
山の神に安全を祈願するために
幾許(いくばく)か投じるのだろう……
などと考えていると、
一人の中年男性が、
およそ登山者とは思えない軽装でひょっこり現れた。
小太りで坊主頭、作務衣のような服。
この時季には下界でも薄着すぎる。
しかも、手ぶらで裸足。
まさかと息を呑んで見つめていたら、
彼は懐ふところから小銭を出して賽銭箱に入れ、
無心としか言いようのない平板な表情で、
肌に沁みる冷たさに違いない石段を、
もっちりした、
ふくよかな剥き出しの蹠(あしうら)で踏み締め、
高みを目指して一歩一歩、進んでいった。
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#小説:掌編「山葵(わさび)」

何だか回りくどい真似をする……と思った。
親類が訪ねてくる予定だったから、
腕によりをかけて、いくつも料理をこしらえたのに、
急用が出来たと言って断られた、とか。
帰宅した自分を待っていたのは
萌葱の和服に割烹着姿で髪をまとめた妻で、
座卓には翡翠のような色ガラスの酒器。
あぐらを掻いたが、どうにも居心地が悪い。
わざとらしい演出の陰には策謀がつきものだ。
奸計と言ってもいい。
料理が出てきた。
マグロの赤身とアボカドの賽の目切り、
わさび醤油和え。
イカやらサーモンやらの手まり寿司、
わさび多め。
牛ステーキを一口サイズにカットして
刻みわさび添え。
……言わんとするところが呑み込めてきた。
「もういいよ、そんなに腹も減っていないし」
「少食ね。それともどこかで召し上がっていらしたのかしら」
じゃあ、これで〆ですわ――と、わさび茶漬け。
職人の世界の言葉で、
わさびを「涙」と呼ぶことくらい、知っている。
私の気持ちを思い知れとでもいうつもりか。
大振りな湯飲みになみなみと湛えられた、いつもの茎茶。
まさかと思ったが、
さすがにお茶はサビ抜きだったのでホッとしたのも束の間、
「あなた、これ」
向かいに腰を下ろした妻が差し出したのは、予想通り、
彼女の分だけ一切合財、
記入・捺印の済んだ離婚届だった。

* * * * *

昨春、熊本応援チャリティアンソロジー
『みどり芽吹く』http://kyoeian.vis.ne.jp/midori/
に寄稿した
書き下ろし掌編「山葵」の無料ネット公開を解禁。
テーマは広義の「みどり」で
内容は自由とのことでしたので、
他の方々がポジティヴあるいは優しい雰囲気のお話を
書かれるだろうと考え、敢えてツンと来るような
みどりならぬブラックなショートショートにしてみました。
考えオチ系ですが、
意味はすぐおわかりいただけると思います。

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#小説:掌編「背信」

デッキチェアで優雅に読書するはずだったのに、
落ち着かない。
早々と船旅に飽きた息子の心を捉えたのは
優雅な身ごなしの青年で、
にこやかに立ち話する二人を
さりげなく監視せずにいられなかった。
駆け出しのモデルか俳優の卵といった風情だが、
どことなく残忍な気色(けしき)は
何に由来するのだろう。
結婚記念日と息子の誕生日が近いので、
まとめてお祝いだと、
この旅を計画したのは夫だったが、
言い出しっぺが仕事に追われて、
次の寄港地から乗り込む手筈になったので、
それまでの間、
私が一人であの子を守らなくてはならない。
「お母さん、これ」
駆け寄った息子が差し出したのは
タロットカードの悪魔。
意味は堕落、誘惑、破滅……。
彼は息子を手懐けて私に取り入るつもりなのか。
だが、背筋の悪寒は思いのほか快美で、
罪の意識が頭を擡げた。

悪夢に魘されて跳ね起きたら、息子が消えていた。
パジャマの上にコートを羽織って客室を飛び出すと、
風の中に重い水音が轟いた気がして足が竦んだ。
「お母さん、どうしたの?」
息子は眠れず、船内を探検していたと暢気に告げた。
部屋へ戻れと命じて甲板に出ると、
人だかりをすり抜けて去っていく青年の姿。
いつ、どこから乗船したのか、何故嘘をついたのか、
手摺りの前に夫のものと思われる見慣れた革靴が片方、
そこに添えられた悪魔のカード。
今度は向きが逆、
すると……表象されるのは「リセット」か。

つまり、私の目を盗んで
秘密の絆で結ばれていた男たちが、
ここで関係を清算したのだ。
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