Post is pinned.Post has attachment
「『まず今回、フリーのジャンプの本数を制限するという案が可決されました。現行では最大8本まで認められていたものが、再来年以降7本に削減されることになります。またペアと男子シングルの演技時間短くなることも決定。これは今シーズンから適用され、ショートが10秒短縮。今後もフリーを最大30秒短縮する案が浮上しています』
 
 
ジャンプ回数や演技時間が減ると、当然、総合得点はダウンする。羽生は昨年末のグランプリファイナルで歴代最高330.43点を叩き出しており、満点まで残り9.01と迫っていた。こうした高得点の流れに、連盟が歯止めをかけたい狙いもあるという。
 
 
『その他にも現行だと何回転倒しても1回の転倒につきマイナス1ポイントとカウントされていましたが、今後は3~4回以降の転倒でマイナス2ポイント、5回目以降でマイナス3ポイントと転倒時の減点幅が拡大されました。さらに18年の平昌五輪後には、演技前の6分間練習もショートで4分間、フリーで5分間に短縮される予定です。羽生選手は試合前のルーティンを重視しており、たかが1分間という問題ではありません』」
 
 
外出前にたまたま見つけた記事をGoogle+とリンクしたまま、コメントを書けずにいたところ、たくさんの方が閲覧して「+1」を付けて下さったので、少々困惑しています。
 
この記事に賛同し、国際スケート連盟のルール改正が「羽生潰し」だと考えて憤っている方が多いということなのでしょうか?
 
 
私は、この記事の書き方、筆者やここに挙げられたフィギュアスケート関係者がこのルール改正を「羽生潰し」だと考えるのは、誤解だと思います。
 
このルール改正案の意図は、以前にもマスコミで報道されていた通り、今のフィギュアスケート男子シングルの天井知らずの技術の高度化によって、選手の体に負担が掛かり過ぎ、負傷が多発することに歯止めを掛けるということでしょう。
 
オリンピックや世界選手権等に出場資格年齢が定められることで、無理な早期教育で発育が阻害されることを防ぐのと同じことです。
 
 
競技である以上、難易度の高い技術を選手が採り入れることそのものを制限することはできません。
 
例えば、同じジャンプは2回までという制限があったとしても、ジャンプは6種類あるのだから、極端な話、全てのジャンプを4回転にする選手が出てきても、それを阻止することはできない。
 
今でも、FSで8回跳ぶジャンプのうち、羽生選手は4回、チェン選手に至っては5回が4回転ジャンプです。
 
5回転ジャンプは得点にはならないとはいえ、クァド・アクセルまでは跳べば得点になる。それを阻止する、ないしは制限することができないのなら、せめて回数と演技時間を制限することで、選手の体への負担に、ある程度上限を設けようということでしょう。
 
 
結果として、総合得点が下がるのを問題にするのは、むしろ、得点だけを騒ぎ立てるマスコミ等の考え方。羽生選手自身は、彼の発言をよく聴いていれば分かる通り、高度な技術を織り込んだ演技の完成度を問題にしているのであって、「得点は採点方式やルールによって変わる相対的なもの」と明言しています。
 
むしろ、ルールとして、ジャンプの本数や演技時間が制限されるのは、元来、華奢な体格で、演技後半でスタミナ切れする傾向のある羽生選手にとっては、有利に働くと思われます。
 
いずれにしろ、ルールは全選手に適用されるのですから、羽生選手だけ不利になることはあり得ません。
 
 
更には、転倒の減点が厳しくなることも、練習で100%の自信がなければ新しいジャンプも実戦には採り入れず、試合での演技には完璧を期す主義の羽生選手には有利。
 
不利になるのは、むしろ、羽生選手ほどの自信がなくても、一か八かの挑戦で新たなジャンプを実戦に組み込む若手選手でしょう。
 
そのことは、ジン選手やチェン選手が、グランプリシリーズ第一戦でジャンプの失敗で苦戦したことを見てもわかります。
 
 
演技前の練習も、羽生選手は、スケート・カナダのFSでは、滑走順が2番で、練習による疲労を回復する時間的余裕がないという理由で、オーサーコーチの指示に反し、敢えてすべてのジャンプを跳ばずに、踏切の確認中心にとどめて、体力を温存しています。
 
つまり、演技前の練習時間が制限されるということも、常に体力の限界を考えて、スタミナ切れしないよう、余力を残すことを考えている羽生選手には、プラス要因なのです。
 
 
更には、羽生選手は、ルーティーンも、ルールの変更によって変更して練習して臨むことができる、賢い選手です。
 
名前を呼ばれてから位置につくまでの時間が、1分から30秒に短縮された時にも、見事にルーティーンを短縮化して対応しましたよね。
 
 
 
羽生選手も、オーサーコーチも、ルールが変更されたら、それに合わせて準備できる賢い選手とコーチです。
 
国際スケート連盟も、技術と芸術性を備えてフィギュアスケートを高みに押し上げつつある羽生選手の足をわざわざ引っ張るようなことはしないでしょう。

 
何も案ずることはない、と私は思います。

問題は国際スケート連盟よりは、むしろ、連盟側の意向を曲解し、なにかにつけて、ありもしない羽生選手の限界を騒ぎ立てて彼の足を引っ張ろうとする日本のマスコミ関係者にあるのではないでしょうか?

Post has attachment
教会の柱がこういうロイヤルブルーとゴールドの装飾であることはそれほど多くはないかもしれませんが、カトリック教会の天井が水色に塗られていることは多いですよね。

天井のフレスコ画は、天を模していることが多いから、水色の空に、天使が舞い、神や聖母が君臨して、それがゴールドに彩られている。

だから、教会の柱もブルーとゴールドに彩りたくなるのでしょう。


中国の場合には、ゴールドは特別な色でも、どちらかというと、縁起のいい赤と金。ロシアは極彩色とキンキラキンですね。

でも、オペラ《トゥーランドット》のトゥーランドットは、純潔の象徴であるホワイトが多いとはいえ、ブルーにラインストーンなどを鏤めた衣装を着ていることもある。

「氷のように冷たい姫」の象徴であり、舞台も夜のシーンが多いので、まるで夜の女王のような衣装で登場するのです。

Post has attachment
羽生選手が発熱した状態でクァド・ルッツに挑んだことの無謀さについては私も書いた。

羽生選手の心身の状態を見極め、適切な練習メニューを提示しえたオーサーコーチの不在さが不運に繋がったことも。

だがそれにしても、恐らくは青嶋ひろの(別名、辛仁夏、Synn Yinha?)、原真子ないしはその同類と思われるこの記事の著者の言い分には反論したい点も多い。



第一に、ソチ・オリンピック後の羽生選手が今まで止まらずに走り続けてきて、今回の事件で初めて立ち止まって方向転換を迫られているというのは、事実誤認だ。


羽生選手は、2014年中国杯衝突事故後、全治3週間の診断にも拘らず、2週間後のNHK杯に出場して4位、更に2週間後のグランプリ・ファイナルで優勝した。

だが、羽生選手は、衝突直後の中国杯FSこそ強行出場(但し、その場にいた医師団の許可を得て)したものの、その後は痛みが激しくなり、とても氷上練習はできない、NHK杯には出場できないとご両親に初めて弱音を吐いたそうだ。

「リハビリのつもりで毎日少しずつでも氷に乗っていたら、そのうち滑れるようになるかもしれないよ」というお母様の励ましがなければ、彼はNHK杯は棄権していた。

それに、中国杯後、1週間くらいは、まったく練習ができなかったはずだ。


尚且つ、優勝したグランプリ・ファイナル時には、衝突事故後の後遺症が引き起こした尿膜管遺残症で腹痛があり、全日本選手権直後の年末に手術。全治4週間で、2月から練習できるはずだったのに、開腹手術で腹筋を切った関係で、世界選手権直前まで十分な練習はできなかった。

つまり、この2014年シーズンは、11月初めの中国杯から3月末の世界選手権まで、断続的にしか練習はできていないはずだ。

グランプリ・ファイナル優勝、全日本選手権優勝、世界選手権2位という結果は、ひとえに羽生選手の才能と集中力のなせる業だ。

だが、そのことを以て、彼が休みもせずにただ突っ走ったと誤認してはならない。


翌2015年シーズンは、NHK杯とグランプリ・ファイナルで歴代最高得点を大幅に更新したが、その追い込み練習が祟って、全日本選手権前から、リスフラン関節靭帯損傷を悪化させていた。

年明けの震災復興支援チャリティー・アイスショーに痛み止めの注射を打って無理して出場。

足首の痛みのために練習をセーブする状態で世界選手権に突入して2位。

だが、本来ならもっと早くに治療すべきだった左足のリスフラン関節靭帯損傷は、手術を考えるくらいの重傷で、全治2か月の診断。

4~5月は絶対安静。6月に始められると思っていた練習は7月にずれ込んだ。


2016年シーズンが始まっても、秋口までは、クァド・トゥーループにはドクター・ストップがかかっていて、オーサー・コーチは、1シーズンの休養を提案したくらいだった。

だが、羽生選手は、左足の負担が少ないクァド・ループとクァド・ルッツを練習し、クァド・ループを実戦投入する挑戦的なプログラムで復帰。

但し、左足が完治するまで、クァド・トゥーループの練習は控えた。


つまり、ソチ・オリンピック後の羽生選手は、毎シーズン、何週間、何か月という単位で治療休養を繰り返していたことになる。

今回の右足関節外側靭帯損傷で「絶対安静期間10日間」という怪我は、そういう羽生選手にすれば、むしろ軽い。

今回のことで、いまさら羽生選手が方向転換を迫られるとか、ましてや選手生命の危機だなどと騒ぎ立てる理由は全くない。



第二に、羽生選手は芸術性を含めた総合力で秀でていて、決してジャンプだけが取り柄ではないのは事実だとしても、だからと言って、難易度の高いジャンプに挑戦するのが愚かだということにはならない。

音楽の演奏ですら、高度な技術を駆使せずに、純粋に音楽性だけで、易しい曲を芸術的に弾きこなして人を感動させるのは至難の業だ。

バレエならもっと顕著。《白鳥の湖》のオディール役が32回連続グラン・フェッテを取り入れてから、これを他のパに代えたプリマ・バレリーナはブーイングを浴びたという。


いやしくもフィギュアスケートは競技スポーツ。

しかも羽生選手は、ジャンプやスピンなどの技術そのものも表現手段と化してしまう。

彼のような選手がクァド・ルッツをものにすることは、単に基礎点の高いジャンプ技術を増やすだけではなく、表現手段を増やすことでもある。

それをなぜ、否定することができるのだろう?



第三に、この怪我のために、羽生選手のオリンピック連覇は不可能、ないしは至難の業になったと考える人が多いというのは、事実無根だ。

「ユヅルはオリンピックを連覇する」と明言したプルシェンコを初め、この事故後も、羽生選手の連覇を信じる論調の方がむしろ多数派だ。


羽生選手はクァド・ルッツに拘って自滅するという声もあるが、私はそうは思わない。

なぜなら、今までも羽生選手は、事故や故障のたびに、その都度、無理のないように構成を組み替えてきたからだ。


2014年シーズン、中国杯衝突後、羽生選手は、SP後半に組み込んでいたクァド・トゥーループを冒頭に移した。

2015年シーズンは、左足リスフラン関節靭帯損傷悪化のために、FS後半、トゥを突く左足に負担のかかるクァド・トゥーループからのコンビネーション・ジャンプをクァド・サルコーからのものに変えた。

2016年シーズンは、やはり左足リスフラン関節靭帯損傷後、まだドクター・ストップのかかっていたクァド・トゥーループをできるだけ避けるため、メイン・ジャンプをクァド・ループとクァド・サルコーにし、クァド・トゥーループはFS後半に単独ジャンプとして1回入れるに留めた。


今回どうするかは、オーサーコーチや医師、トレーナーらとの話し合いで決めるのだろう。

恐らくは、オーサーコーチやプルシェンンコの勧め通り、ピョンチャン・オリンピック前はクァド・ルッツは避け、オリンピック後にまた練習を再開することになるだろうと私は考えている。



いずれにしても、こういう形で、部分的にでも事実誤認を含む形で羽生選手を批判するような記事の書き方は好ましくないし、悪意すら感じる。

Post has attachment
氷上で衣装を着て演技していると「王子様」や「若武者」風でも、練習着で、しかも床の上で4回転ジャンプを跳ぶのを見ると改めて凄い。

私などは、音楽が掛かっていて演技する限り、純粋に「音楽の解釈の一つ」としてしか観ないから、フィギュアスケートの演技でも、スポーツとしては観ていないようなところがある。

それでも、こういうのを観ると、「表現」を支える「技術」、それを可能にするための、鍛え上げられた「身体」の凄さを感じます。


昔、ドイツの学生寮で、体操選手達と一緒に住んでいた頃、彼らが「僕らは多かれ少なかれサイボーグのようなもの」と言っていたのを思い出します。

栄養とトレーニング、時にはサプリなども使い、ドーピング違反にならない範囲で、極限まで人間の肉体を鍛え上げる。

でもそれは、一歩間違えば、怪我に繋がる危険と隣り合わせでもある。


オリンピック前の大切な時期に、また怪我をして、「絶対安静期間」が明けたばかりの羽生選手は、患部を労わりながら、この10日間で落ちた筋力をどう戻すか、どう調整していくかを考えていることでしょう。

肉体と精神のぎりぎりの挑戦、そしてそれが鳴り響く音と一体化して生み出す世界にこそ、我々は惹かれるのかもしれません。



それにしても、何気ない白ワイシャツや白いスニーカー、スラックスなども、すべて、スタイリストさんが準備して下さった「衣装」。一見、ナチュラルに見える髪型や肌なども、念入りにメイク、ヘアメイクされた結果なのですね。

会場入りする際の、ペタンコの髪やジャージーの私服とはだいぶ違うものね(笑)。


いえ、いいんですよ。スタイリストさんが準備して下さったワイシャツ姿より、普段の練習着で、床の上といえども演技している時が一番羽生選手らしくてかっこいいから。

Post has attachment
「世界でも珍しいコーチと振付の二役をこなす。宇野は表現力が著しく進歩しているが、樋口コーチの指導力の賜物だろう」(担当記者)

 その表現力にはこんな逸話もある。

「フィギュアは魅せることも重要な要素のひとつ。宇野にもふだんから身なりをきちんとするように助言している。同時に、自身もオシャレには抜かりがない。朝6時から始まる公式練習では、寝起きとわかるコーチがいるなか、ばっちり化粧して現われる。男性記者のファンも多く、『あの人の近くに行くといい匂いがする』と評判」(同前)


(引用 終わり)




一世代前まで、フィギュアスケート後進国だった日本では、コーチが振付師どころか、衣装デザインまで兼任するのが普通だったというではないか。


「現在は技術、振り付け、選曲、衣装作りと分業制が普通だが、当時は1人のコーチがすべてをこなした。」
https://www.nikkansports.com/sports/column/figurekoi/news/201711150000228.html


衣装デザインについては、日本でもコーチではなく専門家が手掛けるようになって、格段にレヴェルが上がった。

振り付けに関しては、樋口コーチのみならず、羽生選手が師事していた安部コーチなど、日本ではまだまだ、コーチが兼任する例が多いのは、フィギュアスケート後進国だった時代の名残に過ぎない。


それを「世界でも珍しい」と持ち上げるなどというのは、噴飯物もいいところだ。

日本でも、宮原選手や本田真凛選手などを育てる浜田コーチなどは、積極的に弟子を一流の振付師のところに送り出して、成果を上げている。



ひと時代前同様、コーチが振り付け師を兼任することのメリットとデメリットについては、安部コーチ時代の羽生選手について、既に論じられていた。

特にジュニア時代までの選手については、選手をよく知るコーチが振り付け、指導しながら手直しもできることには一定のメリットがある。但し、ある程度のレヴェルに達すると限界もある、と。


羽生選手は、安部コーチが振り付けた旧《ロメオとジュリエット》をロシア人に手直しして演技指導してもらったことで、飛躍的に演技力を伸ばし、震災後の混乱期ながら、17歳で世界選手権銅メダルを獲得している。

翻って、宇野選手の演技力は、ノービス時代からさして進歩していない。どこを観て、彼の「表現力」が最近、飛躍的に進歩したなどということが言えるのか?

それは、音楽の表現についてはまるで無知で、「目力」の次元でしか「表現力」を測れない、無能な記者の言い分だ。

宇野選手の実際の「表現力」にさして進化がないからこそ、昨シーズンから、宇野選手の演技構成点の伸びは「盛り過ぎ」であり、実力ではなく、政治的工作の結果だとして、散々あちこちで批判されているのではないか?


それに、フィギュアスケートの「表現力」を、化粧だのお洒落だのと同次元でとらえるということ自体、樋口コーチが、いかに「音楽の表現」に対して無知であるかということの証明にしかならない。

お洒落で音楽が表現できるのなら、誰も苦労はしない。


バイロイト音楽祭に10年連続で出演し、ザルツブルク音楽祭にも、日本の新国立劇場の杮落としにも出演した私の友人のオペラ歌手などは、舞台姿は妖艶だが、普段はノーメイクで、服装にもお洒落っ気は露ほどもない。

彼女のみならず、樋口コーチのようにアラフィフでドーラン塗りの厚化粧、派手なネイルをしている人は、ポップス歌手ならいざ知らず、クラシックの一流の音楽家にはまずいないのではないだろうか?

芸術家の世界では、もっと人間性が滲み出るナチュラルな美しさを大切にする人の方か圧倒的に多い。第一、けばけばしいお洒落は、クラシック音楽のフォーマルさには、却ってそぐわない。


それに、本当に芸術に真剣なら、そんなことに気を使っている暇はないはずだ。

フィギュアスケート選手なら尚更。アスリートの普段着は、身だしなみ程度で沢山だ。


キス&クライでよく見掛けるようになった女性コーチでも、浜田コーチや中野コーチの方がよほど好感が持てる。その厳しく、慎ましく、人間的で凛とした佇まいは、タラソワコーチの貫禄に近い。

外国人女性コーチでも、「氷の女王」と呼ばれるトゥトベリーゼコーチですら、年齢は樋口コーチよりやや若いはずだが、樋口コーチのようなけばけばしいお洒落はしていない。

翻って樋口コーチに対しては、「キャバレーのホステスみたい」「振る舞いに品位がない」という批判すらある。


普段の「お洒落」が「表現力」にとって本質的なことだと思い込み、リンクに厚化粧をし、香水をつけ、はではでしいコートを着て現れる樋口コーチを「美魔女」と持ち上げて騒ぐ日本の男性記者たちのレヴェルの低さには、思わずため息をつきたくなる。

Post has attachment
「足首以外は力が有り余っている」なんて、無理して笑顔を作って半分ジョークみたいな言葉を気丈に飛ばしているけれども、半分涙目ですね。

インタビューを受ける前に、散々泣いたのでしょう。気を取り直して頑張ってほしいです。

でも、お医者さんのいうことだけは、きちんと聞いて、無理しないでね。

Post has attachment
皆藤美子


またまた突然すみません。こちらの演技は見られていますか?
https://www.youtube.com/watch?v=y-krSPpOfKE

転倒ありでもPCSはフェルナンデス選手とさほどの差は無くなって来てますね。私はフィギュアの芸術性とかよくわかりませんからErika Sonoさまのお話を拝見しておりました。
私自身羽生選手のファンなので贔屓目になってしまうと思いこのブログにたどり着いてやっぱり贔屓目ではなく羽生選手は芸術性でも素晴らしいんだなぁ~と嬉しく思っていました。
最近の色々な関連の話を聞くにつれ素人の私が言っても仕方のないことですがPCSとは何ぞや?的な感じに陥ってます。益々ジャンプの成功か?失敗か?だけで得点が決まってしまいますよね。
圧倒的に勝つにはジャンプを高難度にするしかないのかな・・・なんて素人的にも思ってしまう現状ですね。

とにかく今は羽生選手には早く治ってまた素敵な演技をみせて頂いてオリンピックで連覇してほしいと願うばかりです❗️

お忙しいのに突然すみませんでした。


..............

Erika Sono

+皆藤美子


フランス杯、宇野選手とフェルナンデス選手のSPの演技を観てみました。

この採点の仕方は少し酷いですね。YouTubeにも、宇野選手の演技構成点はせいぜい40点どまり、と書いている方がいらっしゃるようですが、私もそう思います。

表現力やスケーティング技術には比較的定評のあるテン選手の演技構成点が42.14点、最近は演技も伸び盛りのミーシャ選手の演技構成点が42.28点、他の選手は皆、40点前後かそれ以下の点数なのでしょう?
http://www.isuresults.com/results/season1718/gpfra2017/gpfra2017_Men_SP_Scores.pdf


それに対して、フェルナンデス選手の演技構成点は47.86点、宇野選手が46.01点。

フェルナンデス選手の演技は、選曲や振り付けもうまいし、彼の性格によく合っているうえ、今回は調子が良くて、演技そのものがまとまってこなれているから、この点数は妥当。

彼のこのプログラムのジャンプやスピンは、本当にチャップリンが回っているように観える。ちょこまかした歩き方まで、昔、白黒映画で観たチャップリンそっくり。芸達者です。


《ショパンのバラード第一番》のような純器楽曲で、音楽の表現内容を、フィギュアスケートのジャンプやスピン、ステップという技術を駆使して、我々西洋音楽の専門家を唸らせるくらいのニュアンスの多様さで演じて見せる羽生選手の才能は余人の及ぶところではありません。

でも、フェルナンデス選手のコミカルな演技は、これでこれは一つの才能だと思わせますし、ジャンプやスピンまで、そうしたコミカルな演技の一部としてやってのけてしまうのは立派。



宇野選手は、本人も言う通り、身体がうまく動かない状態で、技術的にはいくつかのミスを除けば何とか及第点だとしても、表現的にはおよそ演技になっていない。

宇野選手の演技一般に対する批判はさておくとしても、今回は、身体が動かなくて、技術的要素をこなすのに精いっぱいで、演技表現にまで手が回っていない。

どう観ても、ロンバルディア杯やスケート・カナダの時以下なのに、全項目9点台前半の点数がついているのはなぜでしょうね?

宇野選手にしても、もう少しいい演技の時もあるのに、この内容でも演技構成点に差がつかないのでは、逆に採点の妥当性が疑われますが?


私は、ジャンプミスが出ないクリーンな演技の時には演技構成点が高い、とは必ずしも思っていないのです。

例えば羽生選手などは、仮にジャンプミスが出ても、演技構成点は高い。

それは、羽生選手がセンスがいいだけではなく、まじめで凝り性で、一つ一つの演技を考え抜き、鏡を見ながら何度も修正して浚い込んでいるから。

だから、喘息の発作で高熱を出し、現地到着後に恐らくは解熱剤で無理に熱を下げて出てきたのではないかと思うような時でも、ジャンプには乱れが出ても、浚い込んだ演技そのものの緻密さは、めったなことでは崩れない。


宇野選手は、本人も言う通り、何事にも無頓着で、あまりそういう風に緻密に考えて浚い込まずに、その時の気分で演じているでしょう?

そういうやり方をしていると、体調が悪い時には、演技が演技でなくなってしまう。音楽の演奏でも、バレエや演劇の演技でも、何でもそうだと思うのですが。


羽生選手と宇野選手の性格の違いはあるとは思います。でも、フェルナンデス選手は、ストイックな羽生選手とは違ってラテン的でおおらかなのに、やはり演技表現はかなり緻密に仕込まれていますよね。

この辺りは、技術指導のコーチとは別にベテランの振付師が振り付けと演技指導をしているチーム・ブライアンの教育の成果が、羽生選手にも、フェルナンデス選手にも、それぞれの性格に合った形で効果を上げているのだと思います。

そういうのを見ると、私はやはり、宇野選手もすべて樋口コーチに丸投げにするのではなく、せめて選曲・振り付け・演技指導だけでも、海外のベテラン振付師に依頼すればいいのに、と思ってしまうのですけれど。


日本人も、衣装デザインなどでは、ウィアーなどは別格としても、並みの欧米人デザイナーの衣装をしのぐレヴェルだとは思います。

でも、音楽表現については、やっと国際的に通用する日本人がちらほら現れてきた程度で、一般的にはやはりレヴェルはかなり違う。演奏家が良く言うのは、違うのは技術レヴェルではなく、そもそもの感性、感じ方の問題だということ。

その感性の差が、音楽の二次利用、例えばフィギュアスケートのプログラムの選曲・振り付け・演技指導の差に、如実に現れてしまうような気が、私はしているのです。


宇野選手の演技の「表現力」や「芸術性」を私が信用しないというのもそのためです。

もちろん、彼はリズムに乗るのはうまいし、タンゴのテンポの緩急にもきちんとついていける。昨シーズンの宇野選手のFS《ブエノスアイレス午前零時~ロコへのバラード》と、今シーズンの三原選手のSP《リベルタンゴ》を比べてみると歴然です。


逆に言うと、昨シーズンの宇野選手のFSは、そうしたテンポの激しい緩急である程度表現の枠組みが出来上がっているから、比較的たやすく形になった感がある。

そういう意味では、彼の今シーズンのプログラムは、SP、FSとも、その種のごまかしがきかない。

テンポの揺れが少なく、一見淡々と流れている音楽がしっとりと語りかける、そのフレーズごとのニュアンスを汲み取らなければならないのです。


羽生選手は、《ショパンのバラード第一番》を滑り込む過程で、そうしたニュアンスの表現が格段に上達しました。

バトルの音楽の読みの深さに薫陶を受けたのでしょうか? でもそれは、やろうと思ったらとことんまでやる、彼の性格とストイックな努力の賜物でもありますよね。


同じ努力でも、宇野選手が週30時間もの練習でやっていることは、質が恐らく全然違う。

アスリート的な練習、例えばジャンプの練習は宇野選手も熱心にやっているから跳べるようになったのでしょうが、音楽表現に関しては、やはり、バトルらがいるチーム・ブライアンとは、かなり環境が違うから、努力の仕方が分からないでいるのではないかな? と。


羽生選手は、喘息の持病や、けが防止などの体力面も考え、氷上練習時間はやたらに増やしてはいないようですが、オフアイスで、ストレッチやピラティスのようなトレーニングの他に、恐らくは音楽を聴き込んでイメージを膨らませる訓練をかなりしていると思います。

彼の数十個もの高級イヤホーン・ヘッドフォンコレクションがその役に立っていることは間違いない。そんなもの、一つや二つでも十分、といえばそれまでなのですが、凝らずにはいられないのが羽生選手(笑)。


宇野選手の今シーズンのSP《冬》の雰囲気を、「深々と雪が降り積もるように」と私が以前、書いたので、その言葉尻を捉えたのか、「宇野選手は、冬の情景を表現しようとしているわけではない。彼が感じたままに演じている」などと書いていた人がいました。

音楽や演技を言葉で表現するのは、所詮は比喩のようなもの。大事なのは、音楽から受けるイメージと演技との間に違和感がないということ。スタイル感覚に齟齬があってはならないのです。 


その意味では、最初に宇野選手の《冬》をアイスショーで観たときから比べると、ロンバルディア杯だかスケート・カナダだか忘れましたが、試合では、《真夏の世の夢》のパックのような(つまり、小人のような?)冬の精が舞い踊っているようで、一歩前進したな、と私は思っていました。

ロシアではクリスマスにも登場する、冬爺は、小人の姿のこともあるらしい。ロシアのオペラや民話、ドイツの民話などにも出てきます。長い白ひげを生やした小人の冬爺。

宇野選手が演じているのは、冬爺には観えないけれども、妖精の王オベロンに仕えるパックのような。それが、雪と氷の世界を跳ね回る。


悪くないイメージだな、これを発展深化させていければ......と私は思っていたのですが、今回は、むしろ元の木阿弥で逆戻りでしたね。

その辺りの出来は、試合ごとにきっちり評価しなければ、演技構成点を付ける意味はないと私は思います。

Post has attachment
 今季から羽生が取り組み、練習で転倒して右足首を痛める原因となった4回転ルッツジャンプについては、「必要だとは思わない」と言い切った。

 なぜなのか。羽生が子どものころから知っているというプルシェンコさんは前だけを見据え、言った。「彼が8歳のとき、私のショーを見に来て憧れてくれた。今はユヅル君に学ぶことが多く、どうすれば自分の考えを観客に伝えるか学んでいる」。そして、語った。「ユヅル君は他の選手と滑りが全く違う。いたずらに褒めているわけではない。ほかの選手とは(ジャンプの)回り方も滑り方も違う。観客の心をつかむのも違う」

 さらに、羽生の特長をこうも言った。「ユヅル君はカリスマ性があるし、芸術性が高い。体がしなやかで、唯一無二の存在だ」

 もちろん、誰が平昌で勝つかも明言した。「彼(羽生)は五輪で勝つことができる。私は勝つと思っている。けがを克服して、金メダルを取れれば、二重の意味で成功を手に入れる。すべては君の手の中にあることを伝えたい」


(引用 終わり)





Yuki M

+Erika Sono


こんばんは。冷静なご反応ありがとうございます。

自分もオーサー氏と羽生選手の関係はこれまでにないほど良好であると考えています。
どうして見捨てられたみたいな論調になるのか理解できません。オーサー氏はフェルナンデス選手と羽生選手という個性が真逆な選手の面倒を良い距離感で見ていると思いますが。

そもそも怪我も4Lzが原因というより前日からの高熱で判断力が落ちていると羽生選手の「大丈夫」じゃない「大丈夫」を察知できるオーサー氏の不在が招いた事故で、骨折していないなら安いです(良いとは思いませんし、NHK杯は現地で観戦する予定だったので、とても心配しました。あれは病後の体でクワド飛んだのが問題です。4Lzじゃなくても起きたでしょう)

なので、4Lzを回避する必要も、4Lzを入れることが優勝できない理由になることもないと思います。

オーサー氏もプルシェンコ氏も「4Lzを入れなくても勝てる力が羽生選手にはあるが、それでも4Lzを入れるのが羽生」という認識ですし、自分もそういう羽生選手を応援しています。

むしろ4Lz回避はシーズン序盤のオータムで起こったように、精神的に百害あって一理なし、構成的にも3Aが二本入れることができうまみしかないと思います。何より、五輪ではメンタルが全てを支配するといっても過言ではないので、羽生選手の後悔のないようにやってほしいです。

ただ、回避してもそれもおかしくはありません。彼は衝突が起こった2014年の中国杯以降、FSにクワドを3本いれる予定が2本にとどめました。羽生選手は最悪の場合にはそういう判断も出来る人です。自分でできるかできないか、それは怪我の回復具合と羽生選手の体力にまかせればいいだけで、怪我の具合を診察したわけでもない人間がとやかくいう必要もないでしょう。

それにしても、自分もいろいろ言いましたが、いろんな意見を見るたびに、プルシェンコ氏の「しばらくの間、閉ざされた状態にする、友人、マスコミの皆さんから距離を置くこと」、「冷静な頭脳でもって、自分の愛することを五輪の場でやればいい」というメッセージは羽生選手にとっていいアドバイスだと思いました。


.....................

Erika Sono

+Yuki M


私も、オーサーコーチの不在は痛かったと思います。

中国杯が6位に終わったフェルナンデス選手、NHK杯公式練習で負傷し欠場した羽生選手、共にオーサーコーチの存在の大きさを再認識したことでしょう。


昨シーズン末の世界選手権、SPで出遅れた羽生選手がFS前の公式練習に士気を滾らせているのを見たオーサーコーチが、「練習は1回だけ、それも全力ではやらないこと。」といったというエピソードを思い出してしまいますね。

「本当に?」と驚いて訊き返す羽生選手に、オーサーコーチは、「君にはフレッシュな状態でいてほしいんだ。練習でやってきたことを信じなさい。」と諭した、と。

その結果が、歴代最高得点を更新する出来。


ドミンゴはオペラ公演の前日は歌わないで声帯を休める。小林研一郎は、指揮する前に、楽屋でひと眠りする。

休むべき時に休んでおかないと、燃え盛るべき時に燃え盛れない。


よく言われることなのですが、特にアスリートは、アドレナリンを抑えきれなくなるのか、突っ走って失敗しがちなようですね。

オーサーコーチがもしいらしたら、羽生選手の体調を案じて、練習するにしても、本番リンクの感触を確かめる軽い足慣らしにとどめ、ジャンプ練習は控える、少なくともクァド・ルッツは跳ばないように指示したように思います。


そういう時に、オーサーコーチがいつも言っていたことを代弁できるスタッフは、他に誰もいなかったのか?

代理で帯同していたコーチ、トレーナーの菊地さん、ANAスケート部監督の城田さん、それにお母様も......?

羽生選手のことだから、オーサーコーチ以外の人が何を言っても突っ走った?



羽生選手に影響力のある、練習メニューまで提示して言うことを聞かせられる人物が、多分もう一人いますね。プルシェンコ。

そのオーサーコーチとプルシェンコは、二人とも、クァド・ルッツに挑戦したい羽生選手の気持ちを察し、その意欲を買いながらも、ピョンチャン・オリンピック前は控えることを勧めている。

クァド・ルッツがなくても勝てるし、足を治すことが第一、と。


この事故がなければ、羽生選手はクァド・ルッツをオリンピックのプログラムから外さなかったと思います。

でも、これだけ調整に狂いが出て、尚且つ、右足でトゥを突くクァド・ルッツは治りかけた傷を再発させて後遺症に繋がりやすいということで、ドクター・ストップ、ないしはドクターから、クァド・ルッツは外した方がいいと勧められたら、羽生選手も従うのではないでしょうか?



私は、今無理をして拗らすと、下手をするとクァド・ループにも支障が出て、オリンピックに影響が出るのでは? と心配しているのです。

ループは、ルッツのように右足のトゥを突くわけではないから、強い衝撃は加わらないでしょうが、右足のエッジの繊細なコントロールを必要とするのでしょう?

羽生選手の足関節外側靭帯損傷というのは、恐らくは靭帯が伸びて、微細な傷がついている程度ですよね?

それだけなら、人間の体には修復能力が備わっているから、正常な位置に戻して足首を固定し、安静にしていれば、修復される可能性はある。


但し、靭帯修復に必要な期間は、最低3週間だというのですね。つまり、「絶対安静」は10日でも、その後さらに最低10日程度は、4回転ジャンプなどは避けた方が賢明なのではないかな? と。

つまり、怪我をしたのが11月9日だから、4回転ジャンプの練習に入れるのは、12月に入ってからということになりそうですね。


そのスケジュールを、医師とコーチが相談の上できちんと管理しないと、傷を拗らせて、全日本選手権も、オリンピックも危うくなる。

ある意味、ピーキングのこの上ないいい訓練ではありますね。



「NHK杯開幕前の公式練習(9日)で羽生が転倒した場面を映像で見たプルシェンコ氏は、『怖い着氷だった』と語る。......プルシェンコ氏は羽生について『芸術性が高い選手。冷静さを保てば、結果が出る。チーム全体が正しく(羽生を)導くことが必要』と助言した。」
http://mainichi.jp - フィギュア:プルシェンコ氏、羽生に「何よりけが治して」 - 毎日新聞


「ユヅル君は他の選手と滑りが全く違う。いたずらに褒めているわけではない。ほかの選手とは(ジャンプの)回り方も滑り方も違う。観客の心をつかむのも違う」

ユヅル君はカリスマ性があるし、芸術性が高い。体がしなやかで、唯一無二の存在だ」

「彼(羽生)は五輪で勝つことができる。私は勝つと思っている。けがを克服して、金メダルを取れれば、二重の意味で成功を手に入れる。すべては君の手の中にあることを伝えたい」
http://digital.asahi.com/articles/ASKCH61S4KCHUTQP01X.html?rm=465


プルシェンコは、羽生選手のことを鋭く見抜いていますね。期待に応えられるよう、セルフコントロールに励んでほしいと思います。

Post has attachment
 キスクラで得点表示を待つ際、実況が「オリンピック金メダル候補だ」と口にすると、リピンスキーも「ノークエスチョン(疑いの余地なく)」と宇野に太鼓判。まずはフリーの演技で今大会3位以内を確保し、12月のGPファイナル出場を決めたいところだ。

(引用 終わり)


このIOC運営の五輪専門チャンネル「オリンピックチャンネル」は、スケート・カナダ後も、宇野選手を「オリンピック優勝最有力候補」と持ち上げましたが、その直後にプルシェンコが、「ユヅルはオリンピックを連覇する。」と断言しましたよね。

なるほど、宇野選手の背後には創価学会がついていて、その関係で、日本スケート連盟や日本のスポーツ庁のみならず、国際大会開催地のスケート連盟や国際スケート連盟、そして国際オリンピック協会などが、ことごとく宇野選手を持ち上げて勝たせることに躍起になっているというのは本当なのですね。


それも、今シーズンに入ってから、度を越していますよね。オリンピックシーズンだからということなのでしょうが、まるで選挙戦で、組織票を集める際の裏の根回しのような。

当選するためなら何でもやるのと同様、宇野選手に金メダルを盗らせるためなら、どんな手段でも使う?

政治の世界ならそれで当たり前なのでしょうが、そういうやり方は、スポーツのフェアプレー精神には悖る。目に余ります。


なぜ、そんな汚い小手先のごまかしをせずに、もっときちんと本人に苦労させて、時間をかけて本物を学ばせようとしないのでしょうね? 結局、本人のためにもならないのに。

尤も、「日本にいい先生がいるのに、わざわざ外国に行く必要なんてない」などとスタッフが言うようでは、スタッフの見識も知れたものですが?


そのことで、競技の将来に絶望している人がなんと多いことか。

宇野選手だけ、特別に1週間前から本番リンクで練習させて、本番リンクに慣れさせてプレミアムを付ける。

マスコミに羽生選手のクァド・ループの記事が出るときには、なぜか写真は宇野選手のクァド・ループ。しかも、飛距離が羽生選手並みに長く出るように、写真を引き伸ばして修正・捏造している。


小保方晴子さんもびっくり。研究論文なら、画像捏造として不正になり、撤回せざるを得ないのに、マスコミの記事なら捏造画像でも許されてしまうのですね。

「こんな選手は、今まで一人もいなかった」と皆が言うわけですよね。

Post has attachment
しかし、仮に五輪に間に合ったとしても、バットン(米国)以来となる66年ぶりの連覇への道のりは険しいと言わざるを得ない。

 羽生の右足は古傷というか、“持病”のようなもの。一昨年には練習中に右足首をねんざ、2週間ほど休んだ。今年9月には右膝も痛めた。ジャンプはすべて右足で着氷するだけに、かかる負担や負荷はとてつもなく大きいのだ。

 羽生は現在、右足に体重をかけるだけで激痛が走り、とてもじゃないが滑れる状態ではないという。そんな右足を完治させたうえで、なおかつ大きな負荷に耐えられるだけの状態にしなければならない。

 平昌五輪の開幕まで3カ月を切った。残された時間は短い。


(引用 終わり)




「爆弾」だなんて大げさな(笑)。

足関節外側靭帯損傷というのは、要するに足首の捻挫ですよ。アスリートではない、普通の人なら、特に治療を要するようなケガや病気ではない。

ましてや、命に拘わる病気でもなければ、必ずしも、選手生命に拘わるような怪我でもない。


腫れ上がって激痛が走り、過酷なスポーツ活動に堪えられないような状態でもなければ、誰も捻挫ごときで、そんな長期間の治療なんてしませんよ。

逆に言えば、捻挫ごときでその種の治療をするという時には、皆そうです。


確かに、アスリートの場合には、一般人とは異なり、負荷の掛かり方が違うから、慎重にある程度の時間をかけて治療を進めなければならないでしょう。でもそれだけのことです。

多くの整形外科医その他の専門家が、スポーツ活動に復帰するまでの期間を、軽症で最低2週間、中程度で最低4週間、程度により、完治までに3~8週間などと言っているではありませんか。

しかも、多くのアスリートが、それを待たずにスポーツ活動を再開する、と。

その場合、後遺症が残ったり、再発したり、それが繰り返されれば手術が必要なこともある、とも言っています。


但し、今回の羽生選手の場合、NHK杯出場にはドクター・ストップが掛かり、全日本選手権出場にも懸念を示す医師は多くても、昨春のリスフラン関節靭帯損傷の際に出た手術を推奨するという話は、診察した医師からは、まだ出てきていません。

もし、内々にでもそういう話が出ていたのなら、快復が長引いても6週間後の全日本選手権に間に合わないのは自明だから、羽生選手も、特例があるにもかかわらず、全日本選手権出場までには完治することを前提とした発言はしないでしょう。(この考えは、さすがに少し甘いと思いますが。)


つまり、羽生選手が右足首の捻挫や右膝故障を繰り返していても、まだその程度だということです。

足首に負担がかかる競技は、何もフィギュアスケートだけではありません。体操選手や球技選手などもそうですよね。

整形外科医達が、足関節靭帯損傷の治療期間を何週間、何か月と試算するのは、すべて、そういうアスリート達の話です。



それに、フィギュアスケート選手で、「持病」のような故障を抱えている選手は多い。

浅田真央さんも、トリプル・アクセルを跳び続けて負担が掛かった左膝の不調がついに現役引退に繋がりました。

宇野選手の足首は、相当危ないのではないかと推測する医療関係者もいます。


特別な治療をしていなかったらしい彼らとは違って、高橋大輔さんの膝十字靭帯断裂は手術と長いリハビリを要しましたし、チェン選手、宮原選手、それに小塚崇彦さんは、股関節故障を抱えていました。

山本草太選手、白岩選手も、疲労骨折から復帰したばかり。テン選手も、毎年のように、どこかしら故障を抱えていますよね。


プルシェンコに至っては、腰にボルトを入れる大手術を何度も受け、ソチ・オリンピック個人戦SP前には、そのボルトが折れて、もう少しで命に拘わるところでした。

膝も何度も手術を受けて、半月板もありませんでした。



そういう選手達の「持病」に比べれば、羽生選手の場合には、喘息は「持病」でも、足首の捻り癖や、時に膝や腰を痛めるのは、フィギュアスケート選手としては、むしろ普通のこと。

ただ、アスリートには怪我が付き物とはいえ、今回は、試合前の公式練習でたまたま、体調不良で熱を出した状態で無理に新しいジャンプの練習をしたために、捻りどころが悪く、炎症を起こしたというだけ。


そのために大事な時期に何週間もの治療が必要になり、責任のある試合を欠場することになったという軽率さは、日本のエースとして責められても仕方がないかもしれません。

発熱していてフラフラな状態で、慣れない、そしてSPに入れないクァド・ルッツをSP前日の公式練習で跳ぶなんて、無謀な挑戦だったと言ってもいい。

もう羽生選手も、元気なだけが取り柄で、生意気盛りのティーンエイジャーではない。浅田真央さんが、「年齢を考えて、休むことも考えなさい」と佐藤コーチから叱られた年齢ですよね。


喘息の持病も抱えているのに、もう少し羽生選手は、自分の身体の状態を正確にシビアに見てほしいです。

無謀過ぎる挑戦は、結局、多くの人を心配させ、また多くの人に迷惑をかけてしまう。



今回の足関節靭帯損傷に治療に一定の期間が必要で、そのために全日本選手権を欠場することになったら、オリンピック代表選出に際して配慮が必要なのは事実。

でも、そのための特例ですから。


但し、オリンピック個人戦男子SPまでは、まだ14週間ある。3か月以上です。

仮にかなり重症で、完治と復帰に4~8週間かかったとしても、6~10週間は調整期間に充てられる。羽生選手の能力をもってすれば、十分に調整が可能です。




そして、「身体に時限爆弾を抱えている」などという表現は、普通は、癌のような病気に使う表現ですからね。或いは、エイズとか……。

「緩解」したと思っても、いつまた再発するか分からない。そしてそれは、年齢に拘わらず、短期間の間に、命を奪うかもしれない病気です。


癌やエイズほどではありませんが、羽生選手にとっては、「爆弾」なのは、むしろ、垂直運動で持病の喘息の発作が起きやすいのに、ジャンプを繰り返していることかな?

喘息の発作は、救急搬送が遅れれば、命に拘わることもありますから。

試合を観ていると、いつもハラハラします。喘息患者の常で、発作を起こしそうに気道が腫れている時には、外から見ても分かるくらい、喉ぼとけの辺りが膨らんでいますから。

万が一、試合中に喘息の発作を起こして、救急搬送が必要になったときのために、個人トレーナーとして整体師の菊地さんがリンク脇に大荷物(救急機器?)を抱えて控えているのではないかと。


それと、気圧の変化でも喘息の発作は起きやすいから、長時間のフライトも危険。いくらANAがスポンサーになって、フルフラットのビジネスクラスシートを用意していても、です。

季節の変わり目も発作が起きやすいから、シーズン初めはいつも調子が上がらず、少しの気候不順で、今回のように発熱するし……。

ホテルの棚などの埃も発作の原因になるから、お母様が常に随伴して、まずホテルの部屋をすべて拭き掃除するというしね。

喘息患者なんて、無菌状態でなければ生きられない、現代病のアレルギー体質患者の最たるもの。加えて羽生選手は、食が細くて食べ物にも神経質。これも海外転戦には不利。


そんな状態で、海外に練習本拠を置いて日本とフライト往復し、加えてしばしばフライト移動を伴う海外転戦を繰り返していることの方が、捻挫などより、よほど「爆弾」ではありませんか?

尤も、村上大介選手やオーサーコーチなどを始め、フィギュアスケート選手には喘息持ちは多いし、そもそも、オリンピック代表選手、特に金メダリストには、普通の人より、遥かに喘息患者の割合が多いらしいですけれど。

喘息持ちでスピードスケート金メダリストの清水さんが幼少時の羽生選手に言った話ではないけれども、「普通の人よりハードなトレーニングを積まなければならないけれども、それを乗り越えれば、きっとオリンピック金メダリストになれる」と。


私などは、むしろ、羽生選手は幼少時からそういう「爆弾」を抱えて生きてきて、「爆弾」に対す免疫はついているだろうから、今回の試練くらいは、きっと軽く乗り越えられると信じています。

まぁ、こういう感覚は、「持病」もなく、医者とは無縁で、健康過ぎる人生を送ってきた人には分からない感覚なのかもしれませんけれどもね。私などは、自分で痛感していますから。
Wait while more posts are being loaded