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沖縄戦直前の沖縄に赴任し戦死した県知事島田叡(あきら)の前の知事、泉守紀(しゅき)を描いた演劇「いっとーばい~逃げた知事 泉守紀~」(おきなわ芸術文化の箱主催)が10日、那覇市ぶんかテンブス館で上演される。野里洋氏の著書「汚名・第二十六代沖縄県知事泉守紀」を基に、泉の知事就任と更迭、その後の半生を描く。

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神戸との交流で記念の年を迎えた沖縄を紹介するイベント「沖縄GOGO! ハイサイフェア」が三宮や神戸空港で開かれている。

 神戸港開港150年目にも合わせ、三宮地域の商店街振興組合や商業ビルでつくる協議会が主催。百貨店や書店が4月末までフェアを展開する。
 神戸市出身の元沖縄県知事・島田叡氏のパネル展も11日までセンタープラザ1階で開かれている。

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栃木県の地方紙「下野新聞」9月27日付けの「『荒井退造、語り継いで』作家・田村洋三さん講演 顕彰記念誌出版祝う・宇都宮」の記事は、同じ日の『沖縄タイムズ』にも掲載された。

島田叡が沖縄県知事になる前から、沖縄県民の疎開対策にあたった荒井退造警察部長の功績は島田知事と比べると沖縄であまり知られていないが、ここに来て、顕彰の動きが高まってきた。
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「荒井退造、語り継いで」 作家・田村洋三さん講演 顕彰記念誌出版祝う・宇都宮(下野新聞/沖縄タイムス 2015年9月27日)

 宇都宮市出身で太平洋戦争末期、沖縄県警察部長として県民の疎開に尽力した荒井退造(あらいたいぞう)の顕彰記念誌の出版記念講演会が26日、同市清原工業団地管理センターで開かれ、ノンフィクション作家の田村洋三(たむらようぞう)さん(83)が退造の足跡や功績を語った。

 講演会は記念誌をまとめた宇都宮市のNPO法人「菜の花街道」が主催した。

 田村さんは、退造が沖縄では米軍が迫る逆境の中で疎開に孤軍奮闘していた様子を伝え、「20万人の沖縄県民が助かったと言っても過言でない」と評価した。

 45年6月に消息を絶つまで島田叡(しまだあきら)知事と二人三脚で県民に寄り添い続けた姿勢を、「本当の公僕精神を体に充満させていた人」と表現した。来場した約150人には「周囲に語り継いでいってほしい」と呼び掛けた。

 沖縄栃木県人会や沖縄戦で犠牲となった県職員を慰霊する「島守の会」のメンバーも出席。島田知事の顕彰期成会の会長を務める嘉数さんが「栃木と(島田の出身地)兵庫、沖縄がトライアングルの縁で結ばれた。末永く発展してほしい」とあいさつした。

 栃木や沖縄で顕彰に取り組む関係者が寄稿した記念誌「たじろがず沖縄に殉じた荒井退造」は22日、下野新聞社から出版された。

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荒井退造記念誌「たじろがず」発行 26日に記念講演会(下野新聞 2015年9月17日 朝刊)

【宇都宮】荒井退造(あらいたいぞう)について関係者が寄稿した記念誌「たじろがず 沖縄に殉じた荒井退造-戦後70年沖縄戦最後の警察部長が遺(のこ)したもの」が25日、下野新聞社から出版される。太平洋戦争末期に沖縄県警察部長として沖縄県から多くの住民を避難させた市出身の退造(1900年9月~45年6月)の功績をたたえようと、荒井退造顕彰事業実行委員会とNPO法人菜の花街道がまとめた。26日には出版記念講演会を市清原工業団地管理センターで開く。

 戦後70年のことし4月、文化活動を続ける市民団体NPO法人菜の花街道の荒井俊典(あらいとしのり)代表が中心になり、荒井退造顕彰事業実行委員会を設立。講演会や沖縄県との交流など幅広い活動を展開している。

 記念誌は、講演会記録や特別書簡、特別寄稿、既刊本再録、資料などで構成。大田昌秀(おおたまさひで)元沖縄県知事、島田叡(しまだあきら)氏事跡顕彰期成会会長の嘉数昇明(かかずのりあき)元同県副知事をはじめ、同実行委メンバーや、清原南小、宇都宮高の卒業生ら計26人が寄稿している。同書は、四六判で216ページ。1300円(税別)。

 出版記念講演会は26日午後3時半から開催。島田と退造の奮闘を描いた「沖縄の島守」の著者田村洋三(たむらようぞう)さんが講演する。無料。定員160人(先着順)。

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荒井退造の偉業しのぶ 沖縄・慰霊塔に母校・清原南小児童ら
(下野新聞 2015年8月29日 朝刊)

 太平洋戦争末期、沖縄県警察部長として沖縄県から多くの県民を避難させた宇都宮市出身の荒井退造(あらいたいぞう)(1900年9月~45年6月)の母校・同市清原南小の清原南ジュニアバレーボールクラブのメンバーら33人が25日まで、沖縄県糸満市を訪れた。偉大な先輩の業績をしのんで平和の大切さを学ぶとともに、現地の児童とスポーツで交流した。

 同市は退造の終焉(しゅうえん)の地。荒井退造顕彰事業実行委員会(荒井俊典(あらいとしのり)代表)の会員が6月、退造と二人三脚で島民避難に奔走した当時の知事島田叡(しまだあきら)の顕彰碑除幕式(那覇市)に出席した際、糸満市長らと会い、今回の交流が決まった。

 同クラブのメンバーらは、平和祈念公園の一角にある「荒井退造終焉の地」と銘記された慰霊塔を訪問。整列して校歌を歌い、沖縄栃木県人会「栃の葉会」のメンバーらと清掃活動を行った。
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