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shu yok
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斜めに走るとはやいから - バニーホップしたがる人なんなの
Rogue 斜め移動問題 Rogue(としばしば、そのフォロワー達)はグリッドベースのマップを斜めに移動できる。わざとややこしい言い回しをすると、Rogueとはプレイヤーが選択できる行動を全て1:1にノーマライズしたターンベースゲームで、斜め移動は代表的な評価点が高いお得な行動の一つである。 一番上のgifを見てほしいのだけど、プレイアブルキャラクター(@)は右に隣接する杖アイテムを1ターンの移動で拾う事ができ、同様にローグルールでは右下の階段にも1ターンの移動で到達できる。しかしキャラクタと杖までの距離と、...

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身長より高いところから落ちたら足がグキッとなる
「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ」 発売記念インタビュー 第1回「ドンキーコング篇」 https://topics.nintendo.co.jp/c/article/cb4c1aca-88fb-11e6-9b38-063b7ac45a6d.html 『ドンキーコング』は、マリオがはじめてジャンプした画期的なゲームでもありますしね。 そうですね。ただ、これをつくった頃はけっこうマジメだったんです。たとえば身長より高いところから落ちたら、足がグキッとなるでしょう? はい(笑)。 そこで、身長の...

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Banned on the Street
4月19日を自転車の日という。 日本では「自転車の安全利用の促進及び自転車駐車場の整備に関する法律」という長ったらしい名前の法律が施行された5月5日を同じように自転車の日と呼ぶが、一方のそれはとある中年男性が帰宅途中で乗っていた自転車からすっころんだ日を記念して呼ばれているものである。件の中年男性は名をアルバート・ホフマンといい、彼は1943年の4月19日にリゼルギン酸ジエチルアミド、すなわちLSDを自ら摂取しておりラリパッパーでまともに運転できなかったのである。これが人類の歴史上で初めて自らの意志で人間が合...

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電話を捨てたいけど捨てられない
数年ほど前まで小滝橋通りに部屋を借りていて、その契約の際に連絡先の固定電話番号を書いてくれと言われてちょっとだけ揉めた事がある。当時、僕は固定電話回線を切ってDDIのPHSだけを連絡先にしていて、そしたら「それじゃあ信用に足らない、固定電話の番号を教えてくれ。え?持ってない?じゃあ固定電話に契約してからきてくれ」というようなめちゃくちゃな事を言われて口論になったのだ。 無造作にランダムなタイミングでかかる得体の知れないセールスか、一意のタイミングで顔の知ったご近所さんから公明党への投票を求められるだけのレガシ...

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タツキセクスと未来の耳
ルイージ・ルッソロ 20世紀初頭にイタリアの芸術家ルイージ・ルッソロはL'arte dei rumori(Art of Noises)、すなわち騒音の芸術と題した作品を発表している。産業革命によって急激な機械化が起こり、かつて自然界になかった様々なノイズが欧州を覆いつくしたが、このまま際限なく機械化が進むとすれば、未来の人類は更に幾千の多様なノイズに包まれて生活するであろう…という思案のもとに、ルッソロは様々な人工騒音装置を製作し、それが一同に鳴り響く空間を未来の生活と呼び、また、そんなノイズの世界にやがて人...

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僕らはチャットでゲームする地獄
80年代のはじめに古のホビーPCがビッグコマーシャルな市場に革新的な物として鳴り物入りで登場した時、いち早く手に入れた先見の明ある(非ホビイストの)大人達はそれを大抵は持て余してしまっていた。広告には無限の可能性がこのクリーム色をしたプラスチックの筐体に秘められていると謳われていたが、帯に短く襷に長しのそれで何かできたかといえば、好奇心旺盛でやや内気な息子の為の高級なおもちゃになるくらいしかなかったのだ。 時は流れて90年代の末頃、当初は海の物とも山の物とも知れなかったそれも既に大衆層へ明確な利用目的を示せて...

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FPSにおけるWASD設定の起源について2 [Quake覇者とHalf-Life編]
WASD 95年頃には、北米DoomシーンはDoomというゲームの特殊性と言いますか、著しいキー設定の制限によりESDF/RDFG設定を確立していました。 95年の北米DoomシーンとはマイクロソフトがWindows 95普及の為のキラーソフトとしてDoom95を大々的に宣伝し、今日のオンラインマルチプレイヤーゲームの前身となる月額制ダイアルアップマルチプレイヤーゲームサービス Dwango にDoomを遠隔地の人と遊びたくて毎月9.95ドルを支払う人が1万人に迫る勢いで存在した…そんな時代です。 ビル・ゲイ...

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FPSにおけるWASD設定の起源について1 [はじまりはいつもDoom編]
アメリカ最初の競技プロゲーマーこと Thresh しかし彼が今日でも成功者として広く知られているのは、 引退後に起業家としてアメリカ資本主義ゲームを勝ち続けているからです。 1337 MagazineによるThreshの記事 に彼がWASD設定を普及させた旨がざっと記載されているのですが、言葉足らずというか内容的にモヤモヤしたので今回はWASD設定、いわゆるThresh Bindについてその歴史的背景など掘り下げてまとめておきます。 WASDとは上下左右のアローキーです ビデオゲームにおける今日のWASD設定...

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マッドマックスが好きだから
マッドマックス 怒りのデスロードを観ました。それはジョージ・ミラーという人の強烈なエゴイズムがそのまま形になった究極の映画でした。ゆえに通しで観たのに、僕の頭の中は今もぐちゃぐちゃです。そもそもマッドマックスとは一体なんだったのか…自分の考えをまとめる為、ここに気の向くままメモしておきます。 僕は激突という邦題がとても好きです。無名時代のスティーブン・スピルバーグが撮ったあの激突です。激突は本国では元々Duel、つまりは決闘という意味のタイトルでした、Duelはごく普通のセダンを運転する主人公の男が、公道で1...

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追憶の韓国産オンラインFPS…とValveのトラウマ編
自分の記憶とインターネットの集合知を頼りにゼロ年代の韓国産オンラインFPSについて振り返ります。僕が海を隔てた日本から一番熱心にタイトルを追っていたのは2003年からたぶん2009年くらいの時期になると思います。奇しくもそれはWarcraft 3をプレイしていた時期と重なっていて、思い返せばそれを遊ぶということはBattle.netでラダーを回して気疲れした時の息抜きだったような気もするし、WC3よりも熱心に遊んでいた時期もあった気がします。まぁそんなのはどうでもいいんですけど、多分にひどく懐古主義的で、個人...
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