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honmoku street
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本牧通りのYOU
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2月28日~3月5日まで六本木の俳優座にて”横浜グラフィティ”という本牧のゴールデンカップであったお話を実話にした舞台が始まります。 エディ藩さん監修のもと現代版ゴールデンカップスのバンドも今の若者が再現し、昔流行った曲なども演奏しつつ、浜チャチャなどのダンスや歌、アクションで繰り広げていく舞台です。 チケット購入等の詳細はこちら迄 → http://office-35.com/yginfo.html プロモーションビデオ

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【解説】本牧の四角いピザの秘密

本牧で有名な食べ物と言えば、真っ先に「四角いピザ」と答えるでしょう! 昔の有名店では、リキシャルームやイタリアンガーデンで食べられ、美空ひばり一家をはじめ、力道山、勝新太郎、石原裕次郎、石原慎太郎、三島由紀夫などの著名人がよく足を運んでいました。 現在は、道路を挟んだ向かいに、「IG(イタリアンガーデン)」として継承し、四角いピザが食べられます。 しかしながら、「なぜ、本牧のピザは、四角いのか?」由来については、諸説があり。はっきりしていません。…

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本牧通りを跨ぐ、イオン本牧とベイタウン本牧5番街のデッキ(正式には、「ペデストリアンデッキ」と言う)は、歩道橋ではない。通常、公道上に民間企業が架橋(デッキ)を建設するのは、道路交通法上不可能である。では、どのようにして現在のデッキを作ることが出来たのか?

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この本は、柳ジョージさんの自叙伝です。1979年出版なので、31歳の時に書かれたものです。 1979年は、本牧のキャッチフレーズにもなった曲(歌詞)が生まれました。 「フェンスの向こうのアメリカ」 柳ジョージ&レイニーウッドのALUBUM「YOKOHAMA」に、増田俊郎(ペンネーム”トシ・スミカワ”)さんが作詞しました。 ♪ AREA ONEの角を曲がればおふくろのいた店があった 白いハローの子に追われて逃げてきたPXから 今はもう聞こえないおふくろの下手なブルース 俺には高すぎた鉄のフェンス ♪…

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収録楽曲 01.SOUL PAINT (作詞・作曲:横山剣) 02.開拓者 (作詞・作曲:横山剣) 03.間違いだらけのクルマ選び (作詞・作曲:横山剣) 04.ニンゲンモドキ (作詞・作曲:横山剣) 05.もうすっかりあれなんだよね (作詞・作曲:横山剣) 06.指輪 (作詞:横山剣+サン太パパ 作曲:横山剣) 07.パパの子守唄 (作詞・作曲:横山剣) 08.eye catch:すっかり八兵衛 09.6789(作詞・作曲:横山剣×スモーキー・テツニ×菅原愛子)…

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現在のイオン本牧は、アメリカ軍の接収地が返還されマイカル本牧として、1989年4月30日にオープンしました。 当時は、バブル時代の絶頂期で、3月25日からは横浜博覧会が開催され、4月1日からは消費税制度が税率3%として導入が開始されていました。 初年度は、東京ディズニーランドの入場者を上回る人達で賑わった。参考:マイカル本牧(オープン時) そんな時代のマイカル本牧関連資料を、アーカイブとして残そうと思います。 【000】 建設用地 ▽マイカル本牧建設前(奥のマンションは、パークシティ本牧)写真:浜っ子…

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本牧和田の新本牧公園奥に建っている本牧神社は、様々な歴史に遭遇している。改めて歴史を調査してみた。 う~ん、ホームページやパンフレットを見ましたが正直、言葉が難しくて、ぼんやりとしか分かりません。 自己解釈していますので間違いあればご指摘下さい。 【名前の由来】 本牧神社は、旧称「本牧十二天社」と呼ばれていた。 伝記には、建久二年(1192年)、源頼朝公が鎌倉幕府を開くにあたり、鬼門(北東の方角)守護を祈念して平安時代から存せる神殿に六尺×四尺の朱塗厨子を奉納したとあります。…

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1945年(昭和20年)8日30日、米軍マッカーサーが厚木の飛行場に降り立った。同時に本牧の一部は米軍に接収され、日本人は立ち入る事が出来なくなった。戦後の日本は、食べることすら大変な時代に、フェンス越しに見えるアメリカの世界は、きらびやかで、華やかに映っただろう。また、早くに日本を復興し、後の豊かな生活を夢みて築き上げ、現在の日本の生活環境基盤を作ったように思える。そんな、接収当時の「FENCEの向こうのアメリカ」では、実際にどのような生活が行われていたのか興味を持ち覗いてみたくなった。…

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本牧の夜と言えば、リキシャ・ルーム(1961年開店)、イタリアンガーデン(1962年開店)、ゴールデンカップ(1966年開店)、その後の、アロハ・カフェ(1976年)が流行し、芸能人・ミュージシャンやスポーツ選手等を始め東京界隈からも多くの人が夜遊びに来て一気に本牧の名前が日本中に知れ渡った。…
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