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反レイシズム知らせ隊
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【あとがき  「非人間」化に抗する】
具学永の墓を立てた宮澤菊次郎は、あんま師だった。 具学永(グ・ハッキョン)は埼玉県寄居町に住んでいた、アメ売りの若者である。1923年9月6日深夜、隣村から押し寄せた自警団に殺害された。 私たち「知らせ隊」は、ブログに写真を掲載するために、地元の人々が建てたという彼の墓を訪れた。その際、墓の側面に「宮澤菊次郎 他有志之者」とあるのを見たが、この時点ではそれが誰なのかを知らなかった。立派な墓石を見て、私たちは、「地元の有力者なのだろうか」と首をかしげるしかなかった。 その後、ブログ中で何度も引用してきた山田昭次...

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【東京は今も、90年前のトラウマを抱えている】
「今日の東京をみますと、不法入国した多くの三国人、外国人が非常に凶悪な犯罪を繰り返している。もはや東京の犯罪の形は過去と違ってきた。こういう状況で、すごく大きな災害が起きた時には大きな大きな騒じょう事件すらですね想定される、そういう現状であります。こういうことに対処するためには我々警察の力をもっても限りがある。だからこそ、そういう時に皆さん(自衛隊)に出動願って、災害の救急だけではなしに、やはり治安の維持も一つ皆さんの大きな目的として遂行していただきたいということを期待しております」(「毎日新聞」2000年4...

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【2005年9月、ニューオリンズの路上で】
カトリーナの直後にホルムが加わることができたバーベキューで、キーウエスト土産のティーシャツを着た、白髪が薄くなりつつあるずんぐりした白人の男性が、得意げに笑いながら言った。 「11ヵ月前には、ニューオリンズの通りを2本の38口径と散弾銃を肩に担いで歩く日が来るなんてこたあ、夢にも思っちゃいなかったがね。そりゃあ、いい気分だったぜ。まるでサウスダコダのキジ狩りシーズンだった。動いたら、撃つ」 肉付きのいい腕をしたショートヘアのたくましそうな女性が付け加えた。「もちろん、相手はキジじゃないし、ここはサウスダコダじ...

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【無所属の人・田渕豊吉と「他日の答え」】
私は内閣諸公が最も人道上悲しむべき所の大事件を一言半句も此神聖なる議会に報告しないで、又神聖なるべき筈(はず)の諸君が一言半句も此点に付て述べられないのは、非常なる憤激と悲みを有する者であります。それは何であるかと言へば、朝鮮人殺傷事件であります。(中略) 千人以上の人が殺された大事件を不問に附して宜(よろし)いのであるか。朝鮮人であるから宜いと云ふ考を持つて居るのであるか。吾々(われわれ)は悪い事をした場合には、謝罪すると云ふことは、人間の礼儀でなければならぬと思ふ。(中略) 日本国民として吾々は之に向つて...

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【俯瞰的な視点② いったい何人が殺されたのか】
いったい何人が殺されたのか。 これについては「正確なことはわからない」というのが研究者の一致した見解のようだ。当時、政府は虐殺の全貌を調査しようとせず、むしろ「『遺骨ハ内鮮人判明セザル様処置』し『起訴セラレタル事件ニシテ鮮人ニ被害アルモノハ速ニ其ノ遺骨ヲ不明ノ程度ニ始末』する方針」(『震災と治安秩序構想』)を打ち出すなど、事件の矮小化、ごまかしに努めたからである。 朝鮮人殺害によって起訴された事件はたった53件で、その被害死者数をカウントすると233人(司法省まとめ。内務省では231人)になる。だが言うまでも...

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【俯瞰的な視点① 虐殺はなぜ起こったのか】
「遅くとも9月末には更新を終了する」と大見得を切って始めたこのブログですが、10月に入ってしまいました。4日(金)までには終了させますので、今しばらくお付き合いください。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ この1ヶ月、私たちは、90年まえの9月に起こったことを、東京を中心に様々な現場でみてきた。このブログの目的は、俯瞰的な解説をすることよりも、当時の朝鮮人や日本人、そして中国人が見たもの、経験したものを、その現場で目撃し、読者のみなさんと共有していくことにあったからだ。 とはいえ、多くの人...

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【75年後に掘り出された遺骨 習志野収容所で殺された人々】
八日 太左エ門の富治に車で野菜と正伯から米を付けて行って貰(もら)ふにする 小石川に二斗 本郷に二斗 麻布に二斗 朝三時頃出発。又鮮人を貰ひに行く 九時頃に至り二人貰ってくる 都合五人 (ナギノ原山番ノ墓場の有場所)へ穴を掘り座せて首を切る事に決定。第一番邦光スパリと見事に首が切れた。第二番啓次ボクリと是は中バしか切れぬ。第三番高治首の皮が少し残った。第四番光雄、邦光の切った刀で見事コロリと行った。第五番吉之助力足らず中バしか切れぬ二太刀切。穴の中に入れて仕舞ふ 皆労(つか)れたらしく皆其此(そこ)に寝て居る...

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この銀行員の証言が恐ろしいのは「朝鮮人暴動、あるいは犯罪」なる流言蜚語に懐疑的な者ですら「熱狂」の渦に不安を煽られ、憎悪に手を染める、という「事実」。彼はただ、小心者だったがゆえに返り血を浴びずに済んだ。勇ましい人、愛情が深い人だったら、どうだったのか? それを考えるともう、やりきれない。

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遺体を埋めたとされる旧四つ木橋の土手を降りたところに、ひっそりと慰霊碑が建っている。訪れた後、八広で下町ハイボールを昼からあおるもよし。「記憶」を、決して風化させない。
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