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Katsutoshi Nakano
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FUMIO YOSHIMURA Nancy Hoffman Gallery 個展DM
「FUMIO YOSHIMURA」は戦後アメリカで活躍した日本人の彫刻家です。 彼が1973年にNancy Hoffman Galleryで個展を開いた時のDMがこちら。 手紙自体は、作家ではない人による記のようなのでぼかしています。 さて、「FUMIO YOSHIMURA」ですが、 Wiki によれば 《東京芸術大学で絵を学び、1949年に卒業。 1960年代初頭にマンハッタンへ、フェミニスト作家のケイト・ミレットと結婚( 1985年に離婚) タイプライター、ミシン、自転車、またはホットドッグのような日常的...
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長谷川義起 作「東京帝大総長賞」トロフィー
長谷川義起と言えば、スポーツをモチーフとした彫刻、特にベルリンオリンピックで等外佳作となった相撲をモチーフとした作品が思い浮かびます。 高岡古城公園で見ることの出来る「 国技 」等が代表作ですね。 このトロフィーは、昭和10年、ゴルフのコンペで用いられたものでしょう。 病理学の教授で東京帝国大学第12代総長となった長與又郎の寄贈した物だとわかります。 彼は東京帝国大学野球部長も務め、スポーツへの造詣も深かったようです。 現在、東京大学には長與又郎の銅像がありますが、作者が不明です。 http://umdb.u...
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Intermission 靉嘔 ~70年代の本
特にコレクションしているわけではありませんが、手元にある本を紹介します。 アーティスト「靉嘔」が1970年代初頭に出版(?)した本だと思われます。 現在、埼玉県立近代美術館で「 版画の景色 現代版画センターの軌跡 」が開催中で、「靉嘔」の作品も展示されているようですね。 さて、この本ですが、版元が無いことから自費出版だと思われます。 内容としては、当時の靉嘔の雑文から、手紙、雑誌に記載した文が載せれられています。 久保貞次郎との手紙のやり取りや、イサム・ノグチとの日々、福井の人との関係、オルデンバーグやウォー...
Intermission 靉嘔 ~70年代の本
Intermission 靉嘔 ~70年代の本
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ロシアの絵葉書
「デッチスキー公園ノ銅像(浦潮)」絵葉書です。 「浦潮」とはウラジオストク。 この絵葉書はウラジオストクのデッチスキー公園に建つ銅像前で撮った写真から作られたものだと思われます。 ウラジオストクと日本との関係は古く、日露戦争後には日本人街が生まれます。 この絵葉書は、訪れる日本人に向けて売られたものでしょう。 あの与謝野晶子も、シベリア鉄道に乗ってウラジオストクまで来ています。 絵葉書にある銅像ですが、ネットでそれに似た像を探しましたが、見つからず... しかし、公園内に建つ同じような台座を見つけました。 た...
ロシアの絵葉書
ロシアの絵葉書
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日名子実三原型 満州帝国皇帝訪日記念章
1935(昭和10)年は、満州の年号で康徳2年。 その4月6日、愛新覚羅溥儀は、天皇の招待により日本の地に降り立ちます。 その訪日は、日本をあげての祝日だったと言います。 この「満州帝国皇帝訪日記念章」は、その訪日を記念し、関係者に渡されたものだそうです。 原型は日名子実三。 戦を示す鏃の形に美しい花の姿と、相反する組み合わせですね。 この花ですが、菊でしょうか? もし菊であれば、鏃と合わせてどちらも当時の日本、特に皇室のイメージです。 しかし、満州皇帝の訪日の記念に日本のみのイメージで表すというのは、どうも...
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Intermission 鈴木大拙と式場隆三郎
以前から戦時の仏教思想に興味があって、いつかちゃんと勉強したいと思っているのだけど、どこからはじめたら良いか迷っています。 特に鈴木大拙については、ちゃんと学ばなくちゃと思いつつ....その周辺である山田奨治著「東京ブギウギと鈴木大拙」を読む。 この本は、どちらかと言えば、大拙の息子のアランを軸に語った本です。 ただ、大拙の姿を神格化せずに書いていて、ここから大拙の姿を学び始めれた事は、良かったと思います。 前から興味があって、このブログでも何度か取り上げた式場隆三郎は、アラン挟んで鈴木大拙との親戚になります...
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建畠大夢による日独伊親善図画記念品
以前紹介しました、昭和13年に行われた森永製菓株式会社主催「日独伊親善図画」の記念品ですが、この原型を制作した彫刻家の名前がわかりました。 http://prewar-sculptors.blogspot.jp/2017/02/blog-post.html その作家は、建畠大夢。 彼が森永製菓に依頼され、制作したのがこの可愛らしい仏画のようです。 この記念品と一緒に渡された建畠大夢のメッセージがあります。 『 此度森永製菓株式会社が日独伊親善図画を企画するに當りその記念碑原型制作を依頼され私は喜んで之に応じた...
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幸福な王子-銅像の幸せとは考察-
アメリカのリー将軍像や各国の慰安婦像、国内の裸婦像や、バブル期に乱立したランドマーク等々の問題、平瀬礼太著「銅像受難の近代」という本がありますが、現代もまた銅像にとって受難の時代ですね。 明治150年を記念しても、当時芽吹いた問題は、現在になっても解決していません。 銅像があるイズムを持つものである限り、それに反感を持つものは必ずあるわけで、所謂ポリコレの立場からすれば、公共に特定のイズムを表する銅像など存在できない物です。 しかし、それでも人は何かを主張したい、表現したいといった呪怨から逃れられないものであ...
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Intermission 大正12年 森口多里の年賀状
大正12年は癸亥の年。この年に出された美術評論家森口多里の年賀状です。 古代ギリシャの壷に描かれた図と、自身の原稿とを組み合わせた隙の無い年賀状ですね。 お洒落です。 森口多里は戦前を代表する美術評論家で、抽象に入りかけた辺りまでの美術を積極的に言葉で表現します。 その仕事の幅は広く、彼の啓蒙力によって戦前の美術は作られたといっても良いくらいです。 しかし、現在は殆ど語られることがありません。 評論というのが前世代を否定することで成り立つためか、戦中ぐらいには、森口多里の仕事は古臭く思われていたようです。 そ...
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大連・星ヶ裏 後藤伯銅像の絵葉書
大連の星ヶ裏公園にあった後藤新平伯の銅像です。 絵葉書には以下の内容が書かれています。 『星ヶ浦公園の丘上に第一次満鉄総裁たりし後藤新平伯の銅像が其功績を永遠に伝へて屹立している。 この星ヶ裏の公園は満鉄が此地を買収して星ヶ裏ヤマトホテルの前進たる海岸ホテルを建て園内道路其他の設備を行ひ又一般避暑地として別荘や付属建設をなし初めて公園らしい体裁を整へた。』 この銅像の建立は1930(昭和5)年。 1929年に後藤新平が亡くなり、彼の意思に基づき東京美術学校正木校長に依頼され朝倉文夫が制作を行いました。 この朝...
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