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koichi sato
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美術・音楽・読書が趣味です。”バルチュス””フルート””カフカ”
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見えない重力を描く
同じ絵を数回観に行った後の感想である。 何故引っかかって気になり見に行ってしまうのか、その点について。 話題の絵だから見に行くのではない。 よく知っていてお気に入りの画家の作品だからでもない。 たまたま偶然に出会った絵である。 作者も知らなかった。(勿論、今もそれらの作者という以上のことは知らない)。 だから先入観もない。 とは言え一度見れば、その画題やモチーフ、形体・構図構成・色彩などからいろいろ連想が蔓延るのも自然である。 知識(外部情報)との照合や確認をついやってしまうきらいもある。 それをわざと促す類...
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美の翳りに寄せて Ⅱ
要するに、如何に怪物性を失わない、イデアのフィギュアが描き出せるかであろう。 かつては聖母像であったもの。 グリフォンでもあったもの。 、、、、、、、、、であったもの。 手懐けられないもの、、、。 生きているもの。 人格化を撥ね退け続けるもの。 今、何を見ても「写真」の見方である。 「写真」が尽く既視感を産み落とす。 どんな光景も「写真」で観た光景に思える。 「写真」にわれわれは知育されてきた。 ここにおいて、「写真」から逃れたフィギュアの創造は可能か? アンチヒューマンは稚拙な方向しかない。 これは、余りに...
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児玉 沙矢華 展を観る Ⅱ
昨日、帰宅時に駅で偶然、児玉 沙矢華 展に遭遇し、11点ばかりの絵を観ることができた。 如何せん充分に観る時間が取れず、その感想を New Order にて述べたはよいが、その時の自分のコンテクスト上での印象で語っているため、記事をアップしてから、気になる部分がいくつか出てきた。 今日調度、またギャラリーのある駅近くまで行く用が出来たため、ほんの少し足を伸ばし、観てみることにした。 大分以前、 バルチュス と ギュスターブ・モロー 展を二度見に行ったことがあったが、それ以来のことである。 児玉 沙矢華という画...
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エミール・ガレ アール・ヌーボーで忘れてはいけないもの
久しぶりに美術館の図録を幾つも眺めていたら(最近本の湿気が尋常でないことが分かった)北澤美術館のものが目に留まる。エミール・ガレここ暫く見ていなかった。アール・ヌーボーである。 エミール・ガレ。 アール・ヌーボーのガラス工芸でもっとも気になる作家である。 北澤美術館には何度も(年に一度は)行き、「ひとよだけ」は何度も見た。 「ひとよだけ」がそのまま大きなランプに成っているインパクトは何度見ても薄れない。 行くたびに違う趣がある。違う表情をする。こちらが変わっていくからだ。 「ひとよだけ」は気になる。 黄色い大...
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「アール・ヌーヴォーとアール・デコ」展 ~ 横須賀美術館
色あせない「明るい夢」とか、、、。 どんなところをカヴァーしているのか? やはり、アルフォンス・ミュシャがメインのよう。 ポスター展示が多いのか? アールヌーボーであれば、書籍だ。 書籍ならオーブリー・ビアズレーとなるが、、、。 文学性のない展示会か? いや、ビアズレーも出ている。 となると、かなりよい美術展のようだ。 と思いたいが、かなり風呂敷が広い。 ビアズレーはほんの僅かか? ルネ・ラリックのガラス工芸も見られるという。 彼のアールヌーボーからアールデコへ そこに単純化の変遷が見えると。 確かにそうだが...
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すでに世界は終わっていたのか ~ ヒエロニムス・ボスその1
キリスト教には至福千年説があり、西暦1000年来、終末は近いとされ、1500年ごろ(まで)には「最後の審判」は盛んに描かれている。まさに大流行したという。 その後もずっと描かれてきているのだが、終末は来たのか来ていないのか、それ自体がいまひとつはっきりしない。 「最後の審判」が描かれているうちは、まだ終末は来ていないというのが、大方の見方である。 ただ、終末と言うもの、最後の審判とはどのようなものなのかも、誰にとってもしっかり可視的にし、それに対する対処、制御を行いたいと思うのは普通である。 気持ちの整理もし...
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