【中央線がなかったら】

中央線(甲武鉄道)の開業は、1889年(明治22年)のこと。大日本帝国憲法が発布された年です。

その後、1906年(明治39年)に国有化され、中央本線となりました。

本書によると、甲武鉄道は、甲州街道に通す案もあったそうですが、高井戸宿の反対運動で現在のルートが選定された、とされています。


甲州街道沿いの商店にとって、宿場町を素通りする鉄道は商売敵となりかねなかったこと、また、すでに開業していた路線で火災が発生していたこと(煙と一緒に吐き出された火の粉を原因とする火災)なども、嫌われる理由だったのだとか。

その結果、選ばれた鉄道ルートは人家の少ない未発達の地域になった、というのです(ただし、本書に記載はありませんが、これについては異説もあります)。


杉並区に古くからある名所が、中央線の駅から離れたところに点在していると言われれば、その通りです。武蔵野市役所や三鷹市役所が、駅から遠いのも、その流れで考えると納得することができます。

これらは一例にすぎませんが、「中央線」を所与のものとして見ないことで、思わぬ発見があるのは確かですね。



中野、杉並、武蔵野、多摩地域が都市化したのは、関東大震災(1923年・大正12年)以降のことでした。大震災の影響で他の地域から引っ越してきた人たちが街を発展させる原動力となったわけですが、それまではのどかな近郊農村に過ぎません。

悪名高き住居表示法の施行とともに、地名はかなり変わってしまいましたが、地形はしっかり残っているのですよね。面白い発見の連続でした。

中央線がなかったら 見えてくる東京の古層。とても面白い本です。


(NTT出版・2012年12月27日初版第1刷)
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