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高杉晋作 0005-01
高杉晋作 0005-01 (1)松蔭の訓戒  高杉晋作は、長州の人で、吉田松蔭(よしだしょういん)先生の塾に入学したのは、十九歳の時でした。  当時、すでに吉田先生の門下生には、久坂義助(くさかぎすけ)という秀才がいました。義助は打てば響くような熱血男児でしたが、粗暴に流れず、中々の勉強家だったので、松蔭先生は、  『コヤツは、見込みのある青年だ』  と、言って、義助を得難き宝玉のように愛し、ますます励まして、玉の光を発揮させようとしました。また、義助も先生の恩愛に感じてますます努めます。そして、今では塾の中...
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大村益次郎 0002-07
大村益次郎 0002-07  村田蔵六(むらたぞうろく)の名は、世にまれなほどすぐれている蘭学者として、藩中に知れ渡っているが、その人物のどういう点が、果たしてすぐれているか、ということは、ほとんど知らない者が多かった。  それがようやく知られるようになったのは、長州征伐の幕軍が、国境へ迫ってきたときであるから、物語の順序としては、まず、征長事件の内容を、説明する必要がある。  元治元年(1864)の九月十七日、京都の宮城へ押し寄せた長州藩士、その人数は、四百前後と言われているが、実際は、七百をゆうに超えてた...
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大村益次郎 0002-06
大村益次郎 0002-06  この場合に、周布の人となりを、ひと通りのべておく必要がある。  周布も、初めは周防の片田舎に、寺子屋の師匠をしていたもので、毛利の世臣ではなかった。  彼を、よく知る人があって、毛利家へ推挙して、一代抱えの家来となったが、その学問と才幹は、たちまち衆人の知るところとなり、累進して政務座役にまでなった。  その気性の一端は、難件にであうと、ますます現れ、出身の上からいえば、誰も卑しむ成り上がりものではあるが、才幹がすぐれていたために、大概のものは彼に敬意を払っていた。  人物として...
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大村益次郎 0002-05
大村益次郎 0002-05  しかし、毛利慶親(もうりけいしん)は、そういう連中とは、大分違っていた。かなり俗情にも通じていて、大名らしくないところのある、常識ももっていた。  『長州侯は、さすがに御大藩だけあって、人材は雲のごと集まり、御領地にある人物も少なからぬ、とみえますな』  『いや、さようなことはござらぬ。世間に人は多くあっても、さて有意の人物は、少ないものである』  『そう言われましても、村田蔵六(むらたぞうろく)ほどのものを手放して、大公儀へ召し抱えに相成っても、さらにご不自由なさらぬことは、た...
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大村益次郎 0001-03
大村益次郎 0001-03  こうして、良安は、宇和島へ渡り、しばらくは藩のために務めた。ある時は、黒船の模型をつくって、藩中の人を驚かし、またある時は、兵士に対して洋式の訓練させて、 かたくなで、ものの道理がわからない老臣を恐怖させたり、良安の努力して、藩士を文明に導こうとしたことは、その当時では、反対されることも多かったし、多少の挫折もしたが、後になってから、これが藩の立場をつくる上に、非常な力にもなったし、良安の先見には、はじめ反対したものも、次第に、敬意を払うようになった。  そんな時に、ふと、眼を患...
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高杉晋作 0004-04
高杉晋作 0004-04  高杉は、大阪を逃げ出して、讃岐国に立ち寄り、日柳燕石(くさなぎえんせき)という詩人の宅に厄介になった。この燕石は詩人で、博打打ちで、その門下生までが博打打ちという変わり者だったが、それで、勤王家だからおもしろい。  高杉は、しばらくその塾にいたのだが、ある日、床屋に行って、ひげを剃らせて、髪を結わせた。その床屋の主人は、なんだか見たような顔ではあったが、どうにも思い出せぬ。いろいろ話しかけてきて、どこに居るのかと聞くので、  『日柳先生の塾にいる』 と、答えた。やがて、床屋をでて、...
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大村益次郎 0002-08
大村益次郎 0002-08  征長の役は、全く幕府の失敗であった。初め海戦において、思いがけず勝ったこともあり、大島郡を占領したことはあったが、それは軍艦の数が多かったための勝利で、戦闘が巧妙なためではなかった。  これより先、坂本龍馬は、薩長連合の策を抱いて、わざわざ乗り込んできたが、おりからの戦争に、いかんとも手の出しようもなく、とにかく、戦争の終局を待つ他はなかった。そうなると、はやくその終局をみるのが、坂本の希望であるから、高杉と大村に加勢して、自分は、毛利の軍艦にのりこみ、表面は、毛利藩士として、幕...
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佐久間象山 0001
佐久間象山 0001  佐久間象山(さくましょうざん)は、通称を通称を修理(しゅり)といい、信州、松代の出身である。幼い頃から、すこぶる勇ましい態度で、鋭い気性が顔に現れていた。そのうえ、大いに冒険を好んだ。ある日、友に、こう持ちかけた。  『士たるもの、胆を錬るには、深夜の山に遊ぶより最善の道は無いと思うが、どうだ、これから、これを試みてはいかがか』  友は、それを承諾して、二人して、各々、別の道を通って、ある山の奥深くに分け入った。すると、やがて何やらサラサラと音をたてて、来るものがあるので象山は、身を潜...
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大村益次郎 0002-04
大村益次郎 0002-04  徳川の泰平が、三百年続いたのは、参勤交代の制度から生まれた、賜物である。一年交代で、東西の大名が、江戸詰になるということによって、多くの大名は、その贅沢な生活費におわれて、年と共に、財政が困難になったことは、ひと通りでない。東北第一の雄藩である伊達家ですら、維新前には、千両の金に苦しんだ、という事実があるくらいで、参勤交代は、全く大名殺しの名案であった。  国元から江戸へ出るまでの、道中に要する費用、江戸にいる一年間の生活費、また一年の後、国元へ引き上げるときの費用、藩主は、国に...
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高杉晋作 0004-05
高杉晋作 0004-05  長州で藩制の改革、人材の抜擢を断行したのは、みなこの高杉であった。門閥のものは役にはたたぬ、これからは人材でなければならぬ。百姓であっても、町人であっても、人材ならば、みな抜擢するというやりかただ。伊藤も、井上も、山縣も。皆、二人扶持四石、品川も、鳥尾も同断、我輩の家は、三人扶持五石という小禄であったが、これらを抜擢したのは、みな高杉であった。この藩制改革、人材抜擢、ということは、実際、他藩よりもよほど早かったものだ。  攘夷は一つの手段であって、真の目的はではなのだ。開国が仕方の...
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高杉晋作 0004-03
高杉晋作 0004-03  長州の形勢は一変し、主戦の藩論は一定し、君侯ご父子はまたいでて、政務をみられることとなった。そこで高杉は、  『我輩の君侯に対するご奉公は、これで終わった。これからは乞食となって、一生を送るつもりだ』  と、告げて、船頭の姿となり、船頭の姿となり、一人の妾とともに、平然と、国を去ったまま、しばらく、その行方がしれなかったが、実は幕府の軍艦などが、兵庫に集まっていると聞き、上方の形勢を探らんために、姿をかえて、大阪に乗り込んだものであった。  高杉は例の船頭のみなりで、大阪の市中をぶ...
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