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Toshi Fujiwara
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藤原敏史【映画監督】 横浜生まれ、東京とパリで育ち、早稲田大学文学部、南カリフォルニア大学映画テレビジョン学部で映画史、映画製作を学ぶ。1994年から映画批評を執筆。共編著に『“社会派シネマ”の戦い方』、『アモス・ギタイ イスラエル/映像/ディアスポラ』(ともにフィルムアート社)。訳書に『「市民ケーン」、すべて真実』『バスター・キートン自伝』(ともに筑摩書房)など。2002年、悪友の “イスラエルの山賊” ことアモス・ギタイにそそのかされ、映画『ケドマ』の撮影現場をもののはずみで撮らされたドキュメンタリー『Independence: around the film Kedma a film by Amos Gitai』で監督デビュー。行きがかり上撮らざるを得なくなった『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』(2006-2007)、元は神奈川県逗子市の池子米軍基地問題を扱ったPR映画企画の注文仕事が2部構成3時間弱にまで肥大化した『フェンス』(2008)と、なんとなくなりゆきで独創的なドキュメンタリー演出を続ける一方で、大胆というか無謀と言われそうな即興演出を駆使した初の劇映画『ぼくらはもう帰れない』を2006年ベルリン国際映画祭フォーラム部門で上映、世界的な注目を集める
藤原敏史【映画監督】 横浜生まれ、東京とパリで育ち、早稲田大学文学部、南カリフォルニア大学映画テレビジョン学部で映画史、映画製作を学ぶ。1994年から映画批評を執筆。共編著に『“社会派シネマ”の戦い方』、『アモス・ギタイ イスラエル/映像/ディアスポラ』(ともにフィルムアート社)。訳書に『「市民ケーン」、すべて真実』『バスター・キートン自伝』(ともに筑摩書房)など。2002年、悪友の “イスラエルの山賊” ことアモス・ギタイにそそのかされ、映画『ケドマ』の撮影現場をもののはずみで撮らされたドキュメンタリー『Independence: around the film Kedma a film by Amos Gitai』で監督デビュー。行きがかり上撮らざるを得なくなった『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』(2006-2007)、元は神奈川県逗子市の池子米軍基地問題を扱ったPR映画企画の注文仕事が2部構成3時間弱にまで肥大化した『フェンス』(2008)と、なんとなくなりゆきで独創的なドキュメンタリー演出を続ける一方で、大胆というか無謀と言われそうな即興演出を駆使した初の劇映画『ぼくらはもう帰れない』を2006年ベルリン国際映画祭フォーラム部門で上映、世界的な注目を集める

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「『沈黙』がベストセラーになった当時流行語にもなったのは「日本という泥沼」であり、それは「もう戦後ではない」と言われて久しい時代に多くの日本人がそこはかとなく感じ始めた不安を鋭く突く言葉でもあった。

日本は結局、なにも変わらなかった。戦争で他国を苦しめ、自らもあれだけ苦しんだ反省はどこに行ったのか?

端的に言えばこの物語世界における「基督教」に当たるものは、小説の発表された時代には「民主主義」であり「自由」だった。筑後守が日本においてカトリックの教えがいつしか司祭たちが信じて来たものとまったく別物の、なんともいびつなものに変質していると指摘するのは、1966年の(そして50年後の今となってはなおさら)日本においては「民主主義」そのもののメタファーとも読める。

しかも「民主主義」がいつのまにか根腐れを起こし、本来の理念と別のまがまがしいものに変貌してしまっているのは、もはや日本だけの問題ではない。遠藤がこの小説を発表してから50年、「テロとの戦争」と称するイスラム恐怖症やシリア内戦の悲劇の果てに、ドナルド・トランプの時代に重なるように映画が完成したことは不思議な偶然であり、結果として極めてタイムリーなことでもある。

むろん1966年代の日本は左派学生運動の華やかかりし時代でもあり、『沈黙』もそんな文脈のなかで現れた小説でもあった。江戸時代という過去と切支丹という設定を用いることで、遠藤は表層的な政治イデオロギーを超えた次元でその不気味さを鋭く突いていた」

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The temple of Golden Pavilion, or the ultimate kitsch
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Shugakuin Imperial Villa, upper palace
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修学院離宮 The Shugakuin Imperial Villa
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【ブログ更新】「今年の5月から安倍が言い始め、9月には「手応えを感じ」たはずの「新しいアプローチ」とはなんだったのかの正体もよく分からないが、それでもなかには、今度は「特別な制度」という言葉が飛び出したことに、安倍さんがなにか凄いことをやってのける実行力があるように期待した人もいるのかも知れない…のだが、その「新たな制度」がなんなのかも、なぜそれが必要なのかもよく分からないままでは、なんとなく「安倍さん凄い」と思う国民がいることに、安倍政権は一縷の期待をかけているのかも知れない。

二日目の東京での首脳会談のあとの日露共同記者会見でも、北海道新聞の質問に安倍はまともに答えず話をそらし、「特別な制度」がなんなのかはさっぱり分からなかったし、「旧島民の高齢化が進んでいる」ので「人道的な見地」を今回の交渉の大義名分に掲げているはずなのに、いつ頃までに実現できるのかの目処どころか、「私の任期中にぜひ」という程度の決意や目標くらいあっていいはずが、ただ逃げて誤摩化しただけだった。

夜のTVニュースにわざわざ生出演しても「前例がないから説明が難しい」と言い逃れをしただけだ。もちろんそんな「前例」があろうはずもない。そもそもそんな「制度」自体が、あり得ない話だからだ。

すでに前夜の山口県長門市での首脳会談後に、安倍が「特別な制度」を自慢げに発表する一方で、ロシア側では「ロシアの法律に基づく」と大統領補佐官が発表している。即座に両者のズレが鮮明化していたにも関わらず、二日目・東京での首脳会談でも、この認識の違いの擦り合わせは行われなかったようだ。

いやそもそも日本の世論では、この北方四島での経済活動や旧島民の訪問について、なにやらロシア側の問題で四島への日本人の立ち入りを禁じているから、「特別な制度」や交流拡大の交渉が必要なのだと思い込まれているが、これは大きな誤解だ」

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【ブログ更新】「
プーチンは日露の平和条約締結問題と領土問題の歴史を説明するなかで、はっきりとアメリカを名指しで非難した上で、今後の平和条約締結に向けての信頼関係の醸成で最大の障害になるのが日米関係だ、とも明言したのだ。

日本の日米安保条約に基づく義務は理解し尊重するとは言いつつも、その枠内でどれだけロシアの安全保障に日本が協力する気があるのかが問われる、とも問題提起をしている。

すでに初日の晩の首脳会談で、ウクライナ問題と経済制裁以降中断している日露のいわゆる2プラス2会議、つまり双方の防衛担当相と外務大臣が定期的に会合する安全保障連絡会議の復活を提案したことからも、今回のプーチンの最大の狙いが日米関係にくさびを打ち込むことであるのははっきりしていた。日本のメディアの分析がいずれもここを見落としているのもおかしな話だが、共同会見でプーチンはこのポイントを激しくだめ押ししていた。

北方領土問題の歴史についても、プーチンのアメリカ批判は激烈だった。日ソ共同宣言とそれに基づく平和条約締結交渉を、冷戦下にアメリカ政府が裏で妨害したと明言したのだ。平和条約締結で色丹歯舞のみの返還で納得するのなら、アメリカは永久に沖縄を返還しない、と鳩山一郎政権に裏で圧力をかけたいわゆる「ダレスの恫喝」にも言及した。

最終的に1960年の日米安保条約の改訂で平和条約交渉が完全に頓挫したことも挙げて、北方領土問題ですらその解決を阻んで来たのがアメリカだったことも述べている。

その上で択捉島・国後島はアメリカの軍事覇権にロシアが防衛上は対抗せざるを得ない以上、ロシア艦隊の西太平洋への出口を確保するために手放せないこと、色丹島も日米安保に基づきそこに米軍基地が作られるようなことが絶対にないと日本が約束しない限りは返還は難しいと述べている。

日米安保があるなかで日本はどうロシアが信頼できる国になるつもりなのか、と記者団とテレビ生中継の前で安倍に迫ったに等しい」

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【ブログ更新】「重要なのは、2プラス2会合の再開に安倍が喜んだことの持つ、とんでもないメッセージ性だ。

さらにロシア側では、平和条約の締結で日露が合意し、この締結に向けた作業が今後加速することも、強調するように発表してすでにさかんに報道させている。

こんな展開はまったく予想していなかったが、プーチンは心底恐ろしく、大胆にして狡猾な政治家だと改めて思い知らされた。こんなに巧妙な謀略を仕掛けて来るとは、驚くしかない。

今回3時間近く遅刻したあいだに、日本の最新ニュースを知って思いついたことなのかも知れないが、その政治的文脈を考えれば、この首脳会談でプーチンが本当に勝負している相手は日本でも、安倍政権でもない。アメリカなのだ。

一昨日夜に沖縄で普天間基地所属の米海兵隊のオスプレイ輸送機が海上に墜落している。日本政府は米軍の通告をあえて鵜呑みにして「不時着」と発表しているが、翌朝には明らかになった機体の大破した状態を見れば、どうみても墜落である。

しかも米軍に抗議に向かった沖縄県副知事に向かっても、そして記者会見でも、沖縄米軍の最高司令官にあたるニコルソン四軍調整官が、日本側からみればとんでもない発言をやらかしている。事故はオスプレイの機体自体の問題ではない、と繰り返ただけでも反発が大きい(あまりに事故が多いことの懸念から、オスプレイ配備に対する抵抗は、普天間基地の辺野古移設と高江のヘリパッド建設への反対運動の大きな要素になっているのに)上に、直接原因がパイロットの操縦ミスなのにも関わらず、市街地を避けて海上に「不時着」させたことでそのパイロットを誉め称え、副知事には「沖縄県民は感謝すべきだ」とまで言い放ったのだ。

これが普通の国なら、なにしろ沖縄県民を代表する立場の公職にある副知事に向かって、たかが他国の軍司令官がひどい侮辱をやらかしたことになる。副知事も激怒しているし、政府では当然問題にして、米大使館に抗議文を送付するか、大使を呼びつけて謝罪を要求するような、巨大な外交問題になる」

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【ブログ更新】「日本のメディアではアメリカ大統領選挙が予想外の結果になり、選挙中にプーチンを褒めていたドナルド・トランプが次期大統領と決まったことが、日本にとっては不利に働いた(米露関係の改善が望めるのだから日露関係が後回しになった)、とする分析が日本のメディアでは支配的だが、これも相当に眉唾な話だ。

まずトランプ政権がどんな対ロシア外交の方針を打ち出すのかすら見えていない段階でそんな拙速な方向転換をするほど、プーチンは稚拙な政治家ではない。あまりに相手側の能力を見くびり過ぎ、相手の思惑を自分たちの都合だけで決めつけて誤解するのは日本の外交が失敗するいつものパターンだ。

しかも安倍が「新しいアプローチ」を言い出した時点で、プーチン政権は色丹島や国後島の軍備の強化を発表していた。日本側はこのことに一切抗議をしていない。安倍政権は日本的な「配慮」のつもりだったのかも知れないが、これでは相手側に「ナメられる」だけだ。

いやもちろん、日本の外務省でも、さすがにそこまで稚拙な判断はしなかっただろう。

北方四島の問題を話題にすることで夏の参院選も睨んだ人気取りを計ろうという安倍首相に、そうは簡単にいかないことを警告くらいはしたはずなのは、とくに参院選後の内閣改造を見ても分かる。安倍の側近としても知られる世耕氏が、経済産業大臣だけでなく対ロ交渉の担当大臣に就任したのだ。つまり安倍は自分の妙に楽観的な希望的観測に当然ながら異を唱えた外務省を煙たがり、経産省と世耕大臣と官邸で日露交渉を進めることにして、あろうことか外交のプロを排除したのだ。

日本の外務省だって確かにそれほど有能ではないのは、その通りだとは思う。とはいえそれでも、安倍政権はこれまでも何度も外務省の進言や警告、意向を無視した独走で、外交的な失敗を繰り返しているではないか」

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【ブログ更新】「権威であって権威でない、ありていに言えば中国模倣でありながら、たとえば雪舟の「慧可断臂図」が明の戴進の「達磨至慧能六代祖師図」を模しているとしても、雪舟が完成させた絵画のなかのそれは中国のお手本とはまったく異なった、別の次元の表現になっているような、日本人とその歴史・文化史・精神史にとっての「禅」とは、そういうものなのかも知れない。

破天荒な機智で世間の権威常識に異議申し立てを続けた一休宗純が一方では権威ある京都五山のひとつ大徳寺の要職にあり、本人が天皇の皇子でその所持品には父・後小松天皇から下賜された逸品も多かったり、禅宗が大名や将軍家、皇室ともつながりの深い権威・権力の側の宗教文化でもあった、「禅とは権威であって権威を壊す、権威を壊しながら権威でもあり続ける」、そんなものであった日本人と禅の歴史」

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田代秀敏(シグマ・キャピタルのチーフエコノミスト)「本来、株式は企業の将来性を期待して買うものです。しかし日銀は、将来性に関係なく金融政策のためにETFを購入し、その結果、日経平均株価を構成する225社のうち代表する55社の筆頭株主になる。これはとんでもないモラルハザードを起こします。業績に関係なく株式を保有し続け、経営者に何も要求せず、お金だけ出してくれる。そんな沈黙の筆頭株主がいたら、経営者はまともに経営しなくなり、規律が緩み、会社は腐ってしまいますよ」
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